野田秀樹 著 贋作・桜の森の満開の下 [#表紙(表紙.jpg)] 登場人物[#「登場人物」はゴシック体] 耳 男 マナコ オオアマ 夜長姫 早寝姫 ヒダの王家の王 エンマ(エンマロ) ハンニャ(ハンニャロ) 仕事の赤鬼(赤名人・アカマロ) 仕事の青鬼(青名人・アオマロ) 耳 鬼 アナマロ(貴い女1) マネマロ(貴い女2) ビツコの女 エナコ(ヘンナコ) カタメ カタアシ ヒエダのアレイ マナコの手下 クニの人1・2・3 鬼女1・2・3…… 鬼征伐に来た人、都よりの使者ほか [#改ページ] [#ここから天付き、折り返して1字下げ] [#小見出し] 鬼女達と桜の森の入口の耳男[#「鬼女達と桜の森の入口の耳男」はゴシック体] [#この行6字下げ]豆の木のような桜。 [#この行6字下げ]円錐形の桜。 [#この行6字下げ]その中を、鬼女たちのかんけり。霧。 [#この行6字下げ]耳男がいる。森の深い音。(効果音のみ) [#この行6字下げ]さながら、山びこというか。 [#この行6字下げ]森びこのように。 鬼女1[#「鬼女1」はゴシック体] 今日でなくちゃいけないのかい? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今日でなくちゃいけないんだ。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 昨日もそう思ったんだろ? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 昨日もそう思ったんだ。 鬼女3[#「鬼女3」はゴシック体] それでも約束があるんだね? 耳男[#「耳男」はゴシック体] それでも約束があるからね、あれっ? お前達、誰だい。 鬼女1[#「鬼女1」はゴシック体] あんたこそ誰だい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 山びこか。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 森びこよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そんなのいたか? 鬼女3[#「鬼女3」はゴシック体] そんなのいないわ。 鬼女1[#「鬼女1」はゴシック体] この山奥に約束した誰がいるんだい? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 誰もいないけれども約束があるんだ。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 誰もいなくって、誰と約束するんだえ? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の花が咲くんだよ。 [#この行6字下げ]音楽。霧も深くなる。かんけりのかんがけられると鬼女たちの笑い声、去る。 [#この行6字下げ]耳男が、一人の鬼女をおんぶしている。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] 桜の花と約束したのかい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の花が咲くから、それを見てからでかけねばならないんだ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] どういうわけで? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の森の下へ行ってみなければならないんだ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] だからなぜ行ってみなければならないのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 花が咲くからだよ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] 花が咲くからなぜさ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 花の下は冷たい風がはりつめているからだよ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] 花の下にかえ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 花の下は涯《はて》がないからだよ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] どうして涯がないのだえ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] この問答みたいにつらつらつづくからだよ。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] どうしてつらつらつづくんだえ? 耳男[#「耳男」はゴシック体] どうしてだろう。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] 私も連れて行っておくれよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それはだめだ、一人でなくちゃだめなんだ。 [#この行6字下げ]耳男、ふりむくと誰もいない。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そこでは、ゴウゴウ風が鳴っているんだ。それでいて、ひとつも物音がなくてね、おれの姿と足音ばかり、それがひっそりと、冷たい、動かない風の中に包まれて、ぽそぽそ散る花びらのように魂が散って、いのちが衰えていく。目をつぶって、何かを叫んで逃げたくなるけれど目はつぶれても耳はつぶれない。まぶたはあるけれど、耳ぶたはないから。耳たぶはあるけど、耳ぶたがないから、それで桜の粉と一緒に耳から何かが入ってくる。  それが一体なんなのか、ひとつ考えてやろう、一人で桜の森の花ざかりのまんなかで身動きもせず、じっとして今年こそ考えてやろう……いや来年にしようかな、今年は考える気がしない、来年にしよう、そう毎年考えて何年もたった。でも来年こそは考え……こういうエンドレスのひとりごとから帰れなくなったやつを、よく地下街でみかける……あの、気のふれたやつ。 [#小見出し] 桜の森の入口[#「桜の森の入口」はゴシック体] [#この行6字下げ]耳男と師匠。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] 耳男、どうした。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 帰ってこれて良かった。このうつつの世に。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] さっきから、背中となにを話してるんだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 俺の背中、荷物だけでした? 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] 夕陽もしょってる。耳男急ぐぞ、この桜の森をこえればもうじきだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 名人、どうやったら名人て呼ばれるようになるんでしょう。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] 名人への道は、遠く険しい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] でしょう。(逆方向へ) 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] どこへ行く。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 名人ならば、遠回りするべきだ。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] ヒダの王家の王がお待ちなんだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] よからぬことも待っていそうで。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] ならば耳なし芳一を真似て全身に経文をかいときな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] �地球の歩き方�にもあるんです。歩いてはいけないところ、ダウンタウンのイーストと桜の森の満開の下。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] 屍体でも埋まってるってかい? 耳男[#「耳男」はゴシック体] それまで温厚だった旅の友の気が、急にあらくなったり。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] ムダ口たたくんじゃねえ!! おれを誰だと思ってる。  コンと打ちゃ、キャーというヒダタクミは三名人の一人で…… 耳男[#「耳男」はゴシック体] すぐにも、てめえの自慢をはじめ。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] 荷物を運べるだけでも、ありがたく思え。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 人使いが荒くなり。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] のみは手にするもんでいっ、体に飼うもんじゃねえんだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] と、冗談がつまらなくなったら、もう、あなたは、桜の森の満開の下症候群、しまいにはエンドレスのひとりごとがはじまり…… 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] ブツブツブツブツ…… [#この行6字下げ]赤名人、耳男に襲いかかる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うわっ! 名人、どうしちまったんです。 [#この行6字下げ]桜の花びら、大量に舞う。刃物をとりあっているうちに、耳男が、師匠を刺し殺してしまう。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] やりのこした仕事が…… 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレだってまだ、のみの使い方ひとつ教わっちゃいないんですぜっ。 [#この行6字下げ]高貴な身なりの女達が現われて耳男に。 貴い女1[#「貴い女1」はゴシック体] お迎えにまいりましたわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] だから、こんなところ通るの……えっ? [#この行6字下げ]別のところに、男の鬼が現れて、名人に。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 迎えにまいった。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] え? 貴い女1[#「貴い女2」はゴシック体] (耳男に)ヒダの王家の王がお待ちよ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] (赤名人に)ヨミのクニのエンマがお待ちで。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] さあ、あちゃらへ。 赤名人[#「赤名人」はゴシック体] まだ仕事が山づみだ、この世に残業させてくれいっ! [#この行6字下げ]といいつつ、名人は、鬼達につれていかれる。 貴い女1[#「貴い女1」はゴシック体] さあこちらへ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] こちらって、どちら。 貴い女1[#「貴い女2」はゴシック体] 存知ています。ヒダはタクミの三名人の一人にございましょう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレが!? 名人は、こっち。(赤名人がいない)あれっ! もしかして、ここは名人への近道? 貴い女1[#「貴い女1」はゴシック体] さあ、こちらへ、名人。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の下で、幸運を拾ったのは、この世にオレが、ただ一人だ。もう一度、そのひびきを。 貴い女1・2[#「貴い女1・2」はゴシック体] めーいじん。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いかにも、オレは、ヒダタクミ協同組合の名人、耳男だ。 [#この行6字下げ]奥へ去る。 [#小見出し] 山賊マナコ、タクミに化ける[#「山賊マナコ、タクミに化ける」はゴシック体] [#この行6字下げ]ケサガケに斬られて、逃げている男、走りでてくる。追って走りでてくる山賊マナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 待ちやがれい。 青名人[#「青名人」はゴシック体] (さらにきられて)うわあっ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (死んだ男の着物の中に手を入れ、めぼしいものを捜すがのみと手紙以外にはたいしたものがない)梅雨のせんべいより、しっけてやがる。(しぶしぶ去ろうとするところ) 青名人[#「青名人」はゴシック体] (息を吹きかえして)まっ、まっ、まちやがれいっ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 梅雨のかびより、しぶとい野郎だ。 青名人[#「青名人」はゴシック体] のみだけは追いてきやがれ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 追いはぎを追いはぐってのか。 青名人[#「青名人」はゴシック体] のみならず。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なんでい。 青名人[#「青名人」はゴシック体] のみは、タクミの命だ。のみをもっていくなら命も、もってけ。両方もってくか、両方おいてけ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なら、両方もっていかあ!(バッサリ) [#この行6字下げ]斬られた男を、またもや鬼が連れ去ろうとでてくる。 青名人[#「青名人」はゴシック体] やりのこした仕事が……残業させてくれいっ! ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] ねえ、エンマ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] なんでい、ハンニャ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 今日仕入れたのは、さっきのといい、こいつといい、仕事の鬼になりそうね。 [#この行6字下げ]鬼達、斬られた男に近づこうとすると、山賊が走り寄るので、パッととびのく。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (死体にどなる)いいか! オレを恨むな。不運を恨め! オレを呪うな! サダメを呪え! 殺す時は威勢がいいが、後で臆病になる山賊だっているんだ、バカヤロー!!……(手紙に気をとられる。その間に鬼は、死体を連れ去る)うん?……へえ……ヤロー、ヒダタクミの名人だったのか……ほう……ほうほう……濡れ手で粟のぶったくりだ! 女に不自由なく、小づかいがもらえて、メロンまで入った冷蔵庫つきの三年間、つまりオレの人生の最終目標のすべてが、そこにあるんだ!(一旦、奥へ去りかけてふりむき)桜の下で幸運を拾ったのは、この世にオレがただ一人だ。 [#小見出し] ヒダの王家[#「ヒダの王家」はゴシック体] [#この行6字下げ]長——い烏帽子に、あきかんで作った※[#行中挿絵1(fig1.jpg)]こういうぽっくりをはいてでてくる人々。そこはヒダの王家。ヒダ王家の王とその家臣、侍女、さらに、その前に、耳男と山賊マナコが、かしこまって出てくる。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ヒダタクミの名人二人が、まずここにうちそろいましたりなんかして。 王[#「王」はゴシック体] これはまた、長かったり短かったりする旅路をはるばるであったり、あっという間であったり。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ここにおわする方が、ヒダ王家の王であらせられたりなんかして。 王[#「王」はゴシック体] そこもと、名は? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 耳男。 王[#「王」はゴシック体] そこもとは? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] マナコ。 王[#「王」はゴシック体] さっそく、名人たちの腕前が見たかったりなんかして。目の前にあったりなかったりする、うさぎがころりころがる木の根っこで、なにものか、ほりたまえ、しゃあたまえ。 [#この行6字下げ]耳男と山賊は二人とも、のみの使い方などを、到底知るよしもなく、互いを見て真似をするが、二人、変なことをするたび、変な真似がエスカレートしていく。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (居直って)こんな木の根っ子で仕事ができるか! 耳男[#「耳男」はゴシック体] (山賊をまねて)こんな木の根っ子でできるか! アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] それでこそ名人たち。 王[#「王」はゴシック体] ところで、名人同士は、顔見知りであるとか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] えっ? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] み、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] マナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレ、オレじゃないみたいだろ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いやオレも、座り仕事が長くてちぢんじゃって。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 変ってないなあ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレが? 変ってるよ、お前こそ変ってないな。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレが? 変ってるよ。 王[#「王」はゴシック体] 幼ななじみとあっては辛かろうが、今日より、カタキ同士になったりなんかして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] カタキ? [#小見出し] オオアマの到着[#「オオアマの到着」はゴシック体] アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ただいま、ヒダタクミ三名人のしんがり、オオアマが到着しちゃったりなんかして。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 「オオアマ?」顔見知りだったかな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] だったかな? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] だった? 耳男[#「耳男」はゴシック体] だった…… 二人[#「二人」はゴシック体] だった! だった! だった! なつかしい! オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] はじめまして。 二人[#「二人」はゴシック体] (そのまま、さしのべた手で二人握手する) 王[#「王」はゴシック体] 使いの口より、すでに聞き及んでいようが、わがヒメ達は一夜ごとに、二握りの黄金を、百夜にかけて、しぼらせ、したたる露をあつめて、産湯をつかわせたゆえに、黄金の香りがしたりなんかして。ワッハッハ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] どうぞ自慢話の先へ。 王[#「王」はゴシック体] ヒメ達を愛しちゃってるのよ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 親バカの先へ。 王[#「王」はゴシック体] 四六と四二の時に産んだ娘だ、あわせて八八だ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 意味のないたし算の先へ。 王[#「王」はゴシック体] 三年の後、わがヒメ達の今生《こんじよう》を守りたもう尊いミホトケの姿を、ヒダタクミ三名人の手で競い合い、刻んで欲しかったりなんかして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ミホトケの姿は? 王[#「王」はゴシック体] ミロクボサツ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] してヒメは、いずこに。 王[#「王」はゴシック体] まず笑い声がきこえて、それから尊い姿が見えてまいっちゃったりします。 [#この行6字下げ]笑い声がきこえ、ヒメ達は壮麗なる馬車にのってでてくる。運んでくるのは見えない力、鬼達である。 [#この行6字下げ]鬼達は、馬車の飾りのようでもあるが、逆立ちしたり、そこにいる人々をからかったりもする。但し夜長姫が睨むと鬼もすくむ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] すでに目を閉じているのが早寝姫。 王[#「王」はゴシック体] 目がらんらんとしているヒメが、夜長姫であったりなんかして。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] まずは、二人ぶんのいらっしゃいませ。妹は、眠りごけのふしどで宵の明星を見つけると、すっかり眠りこけ、あたしは明けの明星を見つけるまで妹の番人、まんじりともせず朝のひばりに、まぶたが、重くなるんです。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] では、朝をごぞんじないのですか? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 光も風もすがすがしさも。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 朝起きて、ガンバローとか。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 朝起きてバンガロー? 山小屋のこと? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 無知か、なめてるか、どっちかだ。 [#この行6字下げ]つくづく夜長姫、耳男の長い耳をみて。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (耳男を見て)おかしな、お耳。 [#この行6字下げ]あっけにとられて、皆な大笑い。鬼も大笑い。 耳男[#「耳男」はゴシック体] あの。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なあに? 耳男[#「耳男」はゴシック体] その声は、桜の粉と一緒に入ってきた声。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたしの声は、おかしなお耳の恋人なの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] たしかに背中越しに耳にした。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そうよ。あたしが小学生の時、あなたはランドセルだったもの。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なめた女だ。ちょっと前なら、たたっ殺してるところだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] のみよりも斧をもたせたいタイプね。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] おめえも(オオアマに)なんとか言え。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 職人は、口数少なきこそよかれ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、あたしから目をはなさないのは、あたしが憎くて? 耳男[#「耳男」はゴシック体] いえ、珍しい人や物に出会ったらトラクターに足をふまれても、目をはなすなと師匠が…… 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 師匠? 耳男[#「耳男」はゴシック体] いや、ちきしょう。 [#この行6字下げ]奴隷のエナコがしゃしゃりでてくる。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] 珍しいものを見たいならその馬の耳をごらんになれば? 王[#「王」はゴシック体] ヒメ達が気に入ったミロクを造ったお礼に、そのキレイなドレイをやろう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] お礼にドレイとはキレイとはいえ無礼。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今度は、エナコから目をはなさないのね。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] でも、この無礼なお礼が欲しくてミロクをほるのね? 耳男[#「耳男」はゴシック体] そうとだけ思われたくない。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] (つぶやき)あたしを欲しがっているとだけは、思われたくないと思っているわ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、どうしたの、その冷や汗。 耳男[#「耳男」はゴシック体] もしかしたら、オレが、あいつを欲しがっていると、あいつに思われるのがイヤダと思っていることまで、かんぐっているのかもしれない。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] あいつめ、あたしを欲しがっていると、あたしに思われるのがイヤダと、あいつが思っていることを、かんぐったことまで気づいたのかもしれない。 耳男[#「耳男」はゴシック体] まさかあいつ、おれがあいつを欲しがっていると、あいつに思われるのがイヤダと思っていることを、あいつがかんぐっているとオレが気づいたことまで悟ったのかもしれないといった自意識のつみかさねが冷や汗になって流れでるんだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 違うわ。冷や汗は、幸せが、おとし穴にはまった時に流れるの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] おとし穴? [#この行6字下げ]エナコ、耳男から目をそらし、耳男の背後に。その耳をつまむ。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] つくづく、念仏をきかせたくなるような耳だわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ちっ、目と話を耳からそらしたなー。(と、言い終らぬうち)あーっ! [#この行6字下げ]無気味な音。 [#この行6字下げ]エナコは、耳男の左耳を懐剣で切りおとしている。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] この馬の耳は、東の風にさらしておくから、他のひとつは、あなたの斧で、そぎおとして、せいぜい念仏でもきかせなさい。 [#この行6字下げ]エナコ、耳を盃の中へおとす。 [#この行6字下げ]盃に入ったままの耳が、くるくるとまわりだす。 [#小見出し] 鬼達の供養[#「鬼達の供養」はゴシック体] [#この行6字下げ]そして、外へとびだしていくその耳のまわりに鬼達が集まってくる。 [#この行6字下げ]ハンニャとエンマと仕事の赤鬼と仕事の青鬼。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 転校生を紹介する。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 仕事の赤鬼です。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 仕事の青鬼です。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 校則を。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] これ、なんです? エンマ[#「エンマ」はゴシック体] エンマ帳だよ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 鬼と女は、目に見えぬこそよかれ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 鬼になりさがった私は、生涯、目に見えないのでしょうか。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 見えない? 誰が。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 我々、鬼々がですよ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] (急に仕事の赤鬼を無視して)あれっ? 仕事の赤鬼、どこへ行っちまったんだ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] え? どうしたんだい。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] ここへ来た時から元気がなかったものね。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 転校してきて、すぐいなくなるやつっていたな。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] ああいうやつの親ってなにやってたのかな。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] ここにいるよ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 裁判所に赤鬼申告して、みんなで財産を相続するか。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] ここにいるってば。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] お前に、こぶとりじいさんのこぶやろう。で、キレイな女房がいたから、あれはオレがやっちまおう。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] よせ、おれが見えないのか! エンマ[#「エンマ」はゴシック体] てな。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] え? エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 見えないわけじゃないんだ、無視してるだけなんだ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 人は鬼々たちのこと、見えてるのか。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 見えていて無視してるのか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] この耳と同じよ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] え? ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 人はみんなあいつから耳が切り離されたって同情するでしょ。ここでハンニャ、考えたの。この耳から、あの男が切り離されたと、どうして耳に同情しないのかしら、エンマ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] そういえば、この耳、オレ達に似てる。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] でるなりすぐに切り捨てられて、物語の外にポイだ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 耳が鬼に似てるといったけれど、話がきこえてくるばかりで物語に参加できない鬼々が、耳に似ているのかもしれねえな。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] ミミー。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 変なアクセントつけないで。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 新しい恋人にしよう。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 逆人工呼吸をしよう。死の息吹を吹きこんで耳を鬼々の世界にひきずりこもう。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] おっ、耳に心が入ったぞ。 耳鬼[#「耳鬼」はゴシック体] 余計なことをしてくれたな。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] どうして。 耳鬼[#「耳鬼」はゴシック体] 耳に心がついたところで恥《ヽ》って言われるだけじゃないか。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 恥ずかしい真似をしてしまった。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 恥ずかしさのあまり、鬼はいつも隠れるサダメなんだなあ。 [#この行6字下げ]「恥ずかしい」といいつつ去る。 [#小見出し] 耳男、マナコ、オオアマ、三者三様の仕事場づくり[#「耳男、マナコ、オオアマ、三者三様の仕事場づくり」はゴシック体] [#この行6字下げ]三者三様に仕事場をつくっている。 [#この行6字下げ]マナコは、成金趣味のキンキラキンの仕事部屋。 [#この行6字下げ]オオアマは、対照的な整然とした部屋。 [#この行6字下げ]耳男は、ただ汚ない、なにもない部屋。 [#この行6字下げ]マナコの部屋に、山賊の子分たちがやってきている。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 濡れ手で粟のぶったくり。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] 女に不自由なく。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 小づかいがもらえて。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] メロンまで入った冷蔵庫。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 敷金、礼金、きがねなし。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] しかも、おかしらがいれば、どんなメシでも、おかしらつき。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なんか、浅香唯に会えた日に一〇〇〇万円宝くじの前後賞あてて、そのうえ、まんぷく食堂でただ食いに成功した日以来の幸福感だ。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] おかしらったら俗物ね—— カタメ[#「カタメ」はゴシック体] この俗物! ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] すげえところに越してきましたね。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ほめちらかして食いちらかす、そのいけずうずうしさも思い出のアルバムだ。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] どんな? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 下宿の先輩を訪ねた日のスナップ写真。(ガシャッ)ワッハッハと。どれどれもう遅い時間だろ。(と、腕の時計を見る)おっ! カタメ[#「カタメ」はゴシック体] 何時? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 酔ってる間に三年たった。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] でもおかしら、三年すぎてミロクはおろか、何ひとつ彫れていなかったなんてバレたら半殺しですぜ。 [#この行6字下げ]ピタッと沈黙。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレはいつも出だしは威勢いいんだが、のちのち臆病になるんだな。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] ハハハ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ま、このマナコ様のマナコで彫ってみるか。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] マナコで? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 見よう見真似よ。 [#この行6字下げ]マナコら、さっと隣室のオオアマの部屋をのぞく。 [#この行6字下げ]そこにオオアマと早寝姫。 [#小見出し] オオアマの部屋を訪ねる早寝姫[#「オオアマの部屋を訪ねる早寝姫」はゴシック体] 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] いつぞやは。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いつぞやは。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 眠りごけの上で失礼を。仕事ぶりを拝見にまいりましてよ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 夜長姫様は、どちらに。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 朝は、あちらがお休みで。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 夜は、あなたがお休みで、姉妹の精神的交流というものは、どこでとられるのです。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 主に夕方と夢の中、でも今日はあなたと男女交際をしようと思って。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 見かけによらず、発展家なんですね。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] あなたは他のタクミと違ってとてもお美しいもの。他の二人は、まるで山賊あがりか師匠殺し。腕に芸のあるというよりは体でっかちな芸風。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ヒダのタクミはああいうヤカラ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ではあなたがとくべつなの? ねえ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] え? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] さっきから見ていると何もなさらないのね。 [#小見出し] 山賊の部屋[#「山賊の部屋」はゴシック体] 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] やる。(銭をどんぶりの中に) ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] やらない。(銭をどんぶりの中に) 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] やる。(銭をどんぶりの中に) ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] やらない。(銭をどんぶりの中に) 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] やる。おかしら、あの二人は、今晩中にやりますかね。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] やるな。 [#この行6字下げ]言ったとたん、再び壁にはりつく山賊ら。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 壁に耳はりつけたこの感触も思い出のアルバムだ。 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] どんな? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 先輩の下宿の隣りにアベックが越してきた冬の晩、たてたきき耳いてつかせ、暗い青春を思った。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] どのように? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なんてオレ達は俗物なんだ。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 反省したんですか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] いや、この俗物を商売にしよう。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] それで追いはぎを始めたんですか? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] だからオレは本質は剥ぎとらない。風俗だけを剥ぎとるんだ。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] これでなかなか、こだわってるのよね。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 俗物とは、こだわりの人生ではなく、フットワークの人生だ。 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] おかしら、やりそうだ。 [#この行6字下げ]フットワークよく壁にはりつく。 [#小見出し] オオアマの部屋[#「オオアマの部屋」はゴシック体] 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] (オオアマにぐっと接近している)あたし、どんなミロクサマができても、あなたのを一番いいっていうことに決めましたの。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] どうして? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 美しい顔には、美しい魂が宿っているものでしょう。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 私、そんなに美しいですか? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 太陽は、自分がどれほど光を放っているかを知らず、光っているものです。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] でも、あなたは、太陽の力を借りずとも美しい地球だ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 太陽に感謝。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] え? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 恋の告白に、太陽は欠かせない小道具だもの。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] あなたは日食をごぞんじありませんね。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] え? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 太陽に欺かれたことがありませんね。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ええ一度も。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] では今日はじめて、あなたは太陽に欺かれました。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] どういうこと? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 実は私は、ヒダタクミの名人ではありません。 [#この行6字下げ]鬼達が、オオアマの部屋に集まってくる。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] ヤローもヤローもヤローも三人とも名人じゃないんだ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] オレは、こいつらより、いい仕事ができたのに。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] そのお前よりもオレはいい仕事ができたのに。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] タクミでもないものがなぜここへ? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] この辺りには鬼達が出入りする鬼門があるといいます。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] (ギョッとして)今、物語の中に、俺達がでてこなかったか? ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] ハンニャ、物語の中に社会復帰できるかもしれない。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] なにみてるんだ、仕事の青鬼。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 国民年金手帳。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] バカ、仕事ができるんだ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] その鬼の門とやらが、いかがいたしまして? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] その辺りをちょいとさぐりに逆かくれんぼ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 逆かくれんぼ? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 鬼がさがすのではなくて鬼をさがすのです。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] では、お父様にうかがいましょう。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] それには及びませぬ、早寝姫! 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] え! オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] その地球のエクボにかけて、太陽がうちあけます。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] なんですの? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] もうじき近江大津宮の都では、天智の大王《おおきみ》が崩御なされるでしょう。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 崩御? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] おっちんじゃいます。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ミカドが? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ミカドのなくなる時はクニもまた。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] なくなるの? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いえ、かえってクニの輪郭線は浮かび上がるのです。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] そういえばクニって、どんな形をしているの? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] そのことを知りたいんだ門《ヽ》。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] その知りたいんだ門が鬼の門につながっているの? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] そうだ門。つきましては太陽にお耳をお貸し下さい、ベアトリーチェ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ベアトリーチェ? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] とことわに変ることなき愛をこめて。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] うふ。 [#この行6字下げ]二人去る。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なんて、オレ達は俗物なんだろう。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 反省してるんですか? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] バカ、この俗物を商売にするんだ。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 商売に? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 恋のもつれをのぞくつもりが、歴史のもつれを目撃することになるとはその時のマナコは知るよしもなかった。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] そんな大事でした? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 気分は今、裏窓のジェームス・スチュアート。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] このかけ金、どうしましょう。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] そっくり、あの男に賭けてみよう。 [#この行6字下げ]マナコら、奥へ去り、ミロクを彫る素材を前に仕事をはじめる。 [#この行6字下げ]代ってヒダの王とアナマロとハシタメ、エナコ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ただいま、三名人がうちのタクミが一人。先陣をきって仕事をはじめました。 王[#「王」はゴシック体] 誰が? アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 意外にもマナコです。 王[#「王」はゴシック体] 一心不乱に? アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] いえブツブツブツと。 王[#「王」はゴシック体] 念仏でも唱えておるか。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] それが、俗ブツ俗物ときこえるのです。 王[#「王」はゴシック体] 俗物め、どんなミロクサマを彫ってくれるか。 [#この行6字下げ]去るかと思ったヒダの王、女の着物に隠れる。つまり、ひとつの着物に王とアナマロの二人が隠れている。 [#小見出し] 耳男の部屋で[#「耳男の部屋で」はゴシック体] アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 王とヒメがお召しです。斧をもってついてらっしゃい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 斧を? アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] (王の力で、別方向へ耳男をひっぱり、金を握らせる) 耳男[#「耳男」はゴシック体] なんだこりゃ。 王の声[#「王の声」はゴシック体] 逃げて帰りなさい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うん? アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] (元の位置に戻り)さ、斧をもってついてらっしゃい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] その猫の目のような豹変ぶりは、猫と豹とが同じ種族であるがゆえですか。あ、よく見ればお前は王の猫。 王[#「王」はゴシック体] いや、狐の皮を借りた虎であったりして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] あ。(ヒレフス) 王[#「王」はゴシック体] 斧をもってついてこいというのは、ヒダの王としてのことば、逃げて帰りなさいというのは夜長姫の父としてのことば、金を握らせたのは、企業人としての習性だったりなんかして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いろいろと立場があって大変ですね。 王[#「王」はゴシック体] だから立場のない君は早々に帰っちゃえ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレだってやっと手に入れた名人という立場が。 王[#「王」はゴシック体] その立場は、ゆるがないほど根をはっているやつか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どういうわけなんです? 王[#「王」はゴシック体] その耳にきいてみな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。ねえ、耳、どういうこと……、……だめです。耳は無口です。 王[#「王」はゴシック体] やむをえん、斧をもってついて参れ! [#小見出し] 奥の間、裁きの場[#「奥の間、裁きの場」はゴシック体] [#この行6字下げ]夜長姫と、眠っている早寝姫。 [#この行6字下げ]そしてエナコが耳男と同じ位置に座らされている。 [#この行6字下げ]王達も厳粛な公《おおやけ》の顔になっている。 王[#「王」はゴシック体] 耳男に沙汰を申し伝えよ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 当家の女奴隷が、耳男の片耳をそぎおとしたときこえては、王家としてもヒダタクミ労働組合に申し訳がたたぬによって、エナコを死罪に処する。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、仇《あだ》をうけたのは、あなたなのだから。  あなたの斧で首をうたせます。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はあ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、打て。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 御親切は耳のかさぶたにまで痛み入りますが、それには及びますまい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どうして? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 虫ケラに耳をかまれただけだと思えば腹もたちません。耳をなくして、かえって、ありがたみを知ったほどです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どのように? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 片親なくすと、もう片親を大切にしようという感じで、この片耳はとても大切に思っています。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そう悟ったのね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 半分だけ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いえ、かなり。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] だって、まだもう半分のこってるじゃない、悟りきれてないわよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いや、だから、半分切ったから悟ったわけで。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] でも半分だけでしょ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 左耳で右耳を悟ったんで。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あなたは左目で右目を見れる? 耳男[#「耳男」はゴシック体] いえそれは。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたしは大好きな赤い靴を片方だけなくした時は、もう片方を捨てたわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレは、はいてました。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] もしかして耳男、エナコを討てないのは…… 耳男[#「耳男」はゴシック体] なんです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] エナコの死に首よりも、ホウビになるエナコの生き首が欲しいからではなくて。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そうとだけは思われたくない。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] と思っているのね、あの男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] まさか、あいつを欲しがっているとだけは思われたくない、というのを感づかれたかな。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] あたしを欲しがっているとだけは思われたくないと、あたしが感づいてしまったと思っているのね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] もしかして、オレがあいつを欲しがっているとあいつが感づいて……ああ、悪いパターンだ。この延長上でオレの片耳は、きりとられたんだ。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] でもまさか、二度同じパターンを使うまいと思っているのね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] まさか二度同じ手で、客に通じると思っているわけではあるまい、ということまで、感づかれたかな、ああ泥沼だ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、エナコから耳をきりおとされても、虫ケラにかまれたようだって、ほんと? 耳男[#「耳男」はゴシック体] この虫も殺さないような笑顔で、何を思ってるんだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] エナコ、耳男のもう片耳もかんでおやり。 耳男[#「耳男」はゴシック体] きっと幸福の遊びのひとときだ。いまに『なーんちゃって』なんていうに決まってるんだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 虫ケラの歯を貸してあげます。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なーんちゃって、……がない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なくなったお母様のかたみのひとつですけれど、耳男の耳をかんだ後では、あなたにあげます。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なーんちゃって……がない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] エナコ。 エナコ[#「エナコ」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳なし芳一は、どこに経文を書き忘れたの? エナコ[#「エナコ」はゴシック体] 耳です。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレもだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] その耳を鬼が見るとね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] まるで宙に耳だけが、浮いているようですって。 [#この行6字下げ]耳男がしまったと思った時は、もう遅い。片耳はきりとばされている。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なあんちゃって。 [#この行6字下げ]と言って去る夜長姫ら。 [#この行6字下げ]一部始終を見ていた人々のスローモーション。 [#この行6字下げ]大声で叫んで、悲鳴などをあげている風だが、音だけはきこえない。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 目は口ほどにものを言うけれど耳は、無口なまでに、ものを言いません。目は物欲しげになりますが、耳には欲望がありません。だから目は、ホステスさんより派手ですが虚無にとても弱くて、耳は、なにものをも拒まずに、森羅万象ひきうけて痛く苦しくとも、じいっと、かたつむりの貝殻の中で動かずにいるこの静寂、このしじま……ああ、あの桜の森の満開の下です。そこでは思わず目を閉じたくなるけれど、耳まで閉じるわけにはいかない。まぶたはあっても耳ぶたはないから。(太鼓の響き)いてえっ!……空だ、空がおちてくる。青い空がおちてくる。その総天然色の空におされながら、是が非でも押し返そうと、オレはのみをふるいはじめた。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ただいまマナコにつづいて、耳男が仕事にとりかかりました。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 蛇は満開? それともまだ三分咲き。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 蛇? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 小屋のまわりの草むらの蛇がたえる季節に、仕事も終わるはずよ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 何をおっしゃっているのです。 マネマロ[#「マネマロ」はゴシック体] (びっくりして、とびでてくる)耳男の小屋の天井に。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] どうしなさいました。 マネマロ[#「マネマロ」はゴシック体] 吊るした蛇の死体が。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] その蛇は満開? それともまだ三分咲き。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 夜長姫は、なにもかもお見通し。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ゴマの代りに松やにをいぶし、土ふまずに火を当て焼いた。そして水を浴びてもひるんでしまいそうな夜には蛇をとり、ひっさいて生き血をしぼり、一息にあおってのこる血を、つくりかけの像にしたたらせた。押されてなるものか、血を吸え、そしてヒメの一六の正月に、イノチが宿って化け物になれ。 [#この行6字下げ]木彫りの音と太鼓、高まる。 [#この行6字下げ]やがて、扉をたたく「ドンドンドンドン」という音。 [#この行6字下げ]桜の木の下に都よりの使者、現われる。 [#この行6字下げ]耳男は、きりとられた両耳のイタミに耐えながら仕事をつづけている。 使者(ハンニャ)[#「使者(ハンニャ)」はゴシック体] 近江大津宮は、天智天皇におかれまして御不予《ごふよ》の御事《おんこと》ときこえさせ給う。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うるせえなっ。 使者(エンマ)[#「使者(エンマ)」はゴシック体] 御不例《ごふれい》にあらせられるミカドの重きを加え給う。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ふうん。 使者(赤鬼)[#「使者(赤鬼)」はゴシック体] その御悩《ごのう》、重くならせられ給う。 耳男[#「耳男」はゴシック体] つまり、なにがいいたい。 使者(青鬼)[#「使者(青鬼)」はゴシック体] 病いの床にあるミカドのなくなる日も近いかと。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 口のない死人になろうって話をしたところで所詮、オレには聞く耳がないよ。 使者(青鬼)[#「使者(青鬼)」はゴシック体] クニが、なくなろうという大事に、キク耳がないとは。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレは、ふたつとも耳がなくなったんだぞ、クニがひとつなくなるからなんだってんだ。 使者(エンマ)[#「使者(エンマ)」はゴシック体] なにとぞ、これを、お納め下さい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なんだ、それ。 使者(赤鬼)[#「使者(赤鬼)」はゴシック体] ただいま、都より届きました。ナマモノにつき、お早目にお召し上がり。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 産地直送か。 使者(青鬼)[#「使者(青鬼)」はゴシック体] 都では、こののち嫁ぐ先のない王冠と呼ばれるものです。 使者(赤鬼)[#「使者(赤鬼)」はゴシック体] この王冠、別なる皇子、オオトモのオオジに嫁ごうともいたしておりますが。 使者(ハンニャ)[#「使者(ハンニャ)」はゴシック体] (腹話術)やっぱり、オオアマノオオジがいいわ。 使者(赤鬼)[#「使者(赤鬼)」はゴシック体] そう申しております。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そんなもん、どうやって使うんだ。 使者(青鬼)[#「使者(青鬼)」はゴシック体] それを知るが為に、王家の嫡流であるヒダのクンダリまで、でむいてきた皇子では、ございませぬか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 皇子? どうもおかしい。 使者(ハンニャ)[#「使者(ハンニャ)」はゴシック体] どうもおかしい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] お前達、でてくる夢の先をまちがえちゃいねえか。 使者(エンマ)[#「使者(エンマ)」はゴシック体] つまり、およびでないと。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うん。 使者(エンマ)[#「使者(エンマ)」はゴシック体] こらまた失礼いたしました。 [#この行6字下げ]都の使者ら去る。 [#この行6字下げ]王冠が桜の木にポツンとのこる。 [#この行6字下げ]そして耳男もひとり、そこにのこってしまう。 [#この行6字下げ]舞台を先の場面の間、ゆっくりと上手、下手へ、それぞれ歩きつづけていた[#この行6字下げ]早寝姫とオオアマの二人、やっと舞台を去ると思いきや、突然、ふりむきざまに走ってきて抱きあう。シルエットの中で長く抱きあう。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 誰かに見られるわ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 見られたって、いいじゃないか。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] けだかい心のあなたでさえ、好きになると、心の隙をつくるのね。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] すまぬ、新宿中央公園な心になりさがっていた。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] いつも心は、有栖川公園のような清らかさでいましょう。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] けれど恋する者たちの公園は、奥に入れば、どこでも同じ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] そんな心が、手近な公園で、すましてしまうのね……はい。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] なんです? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] お約束の書物。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] え? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ハウ・トウー・かんけり。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] かたじけない。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] かんけりが、おできにならないのね。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ええ、大人になると、とても恥ずかしくてきけなくなってしまう常識ってあるじゃないですか。バスの回数券の買い方とか、横断歩道の渡り方とか。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 横断歩道も渡れないの? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] あれ、白いところを歩くんですか? 黒いところを歩くんですか? ケンケンパ、と。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] まるで王子様のように浮世離れなさってる。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ギョッ! 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] え? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] で、もうひとつの書物は? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 狭き門のこと? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] それは、ドイツのニセ作。私のは、セマ・キモーン。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] フランスの御本。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] はい。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 意味は。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] それは私の鬼門です。セマ・キモーン。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 鬼門《キモン》? あの、知りたいんだもーんのことね。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] またでた、あたし達の話題。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 話題にはのぼるけれど中へ入れてもらえない。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] いつになったら、ひらくの、あのセマ・キモーン。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] それはどんな内容の(せきばらい風に)御本? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 多分、予告された殺人の記録です。孤独が百年ぶんつまっているような悪書です。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 悪書は追放するに限ります。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 同感です。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] お父様から、ききだせばいいのね。その『セマ・キモーン』のありか、あれっ? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] どうしました。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 誰か、そこに。 [#この行6字下げ]早寝姫、隠れる。そこにミロクを彫りつづけていたマナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 俗物のマナコほど、世間の裏がよく見える。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 精が出るな、マナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 出るものは、みな出す。それも俗物。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] なにがでるんだ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 欲だ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] どんな? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] イクサと五回、言ってみな。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] イクサイクサイクサイクサイ|クサイ《ヽヽヽ》。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ほらね、イクサクササがたちこめてきた。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] イクサクササ? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ムホンてやつだよ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] なんのことです。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 都からこのヒダまで、ムホンのニオイをばらまいてきた当の御本人、大《オオ》海人《アマノ》皇子でしょ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] ムホンをばらまく? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 俗物の俗世間では、鬼門と言えば北《ヽ》と東《ヽ》のまん中、丑寅《うしとら》の方角にあると相場が決まっている。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] なにをおっしゃってるの? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] このヒダの王家は、近江の都からはまさしく丑寅の方角。ムホン人ならば必ず一度、その鬼の門に立ち寄り、くぐりぬけて鬼をひきつれ、攻め入るもの。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] この方が鬼と一緒にムホンをもくろんでいるですって? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 宵の明星が見えてきました。早寝姫、もう床につく時間です。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 夢の中はどうせ嘘なのだから、せめて眠る前くらいは、本当のことを知りたい。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] これまで男にだまされたことがないね。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] いえ、たった一度きり。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] だました男はどんな顔をしていた。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] あの美しい顔にそっくり。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] それじゃ、同じ顔に二度だまされた。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] やっぱり狭き門はただの(せきばらい風に)御本ではなくて、ムホンのことだったの。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ゴホン、いかにも私は天智天皇亡きあと、あくる壬申《じんしん》の年にクニをひっくりかえそうともくろむ叛徒の首領、オオアマノ皇子です。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 野郎共! 手のひらをかえすぞ。(天に向けた手のひらを地面に向けそのままヒレフス) オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] (瞬間怯えるが、意外な雰囲気に)うん? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 刀を献上しろ。(態度は手のひらをかえしたように丁寧になる) 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] へい。(とばかり山賊の手下でてくる) オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ミロクを彫っていたのではないのか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 俗物はこう考えました。ネクスト・ミカド、イクサにミロクなど役立ちません。代りにミロク一八万本の刀をつくり、ネクスト・ミカドに献上し、イクサに役立てていただき、ネクスト・ミカドからネクストがとれた勝利のあかつきに、ワレラ俗物共もそのあかつきの光のおこぼれにあずかりたく存じあげやがらあ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] あっそう、もし、私が、あかつきを一人占めするというなら。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] かえした手のひらをもう一度かえすだけのこと。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] もう一度かえす? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (手のひらをかえし、口にあて、大声で)ムホン人が、ここにいますよ—— オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] しっ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ちくるだけのこと。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ではお前を下請け業者として雇おう。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] どんな下請けを。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ハウ・トウー・狭き門。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] あたし恋を知って盲目になったはずなのに、あなたのいやな姿が見えるのは、なぜ? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] とはいえ勝利のあかつきは、お前さんの部屋にもさしこむんだ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] たしかに、早寝姫、私が新しいクニをつくったあかつきに、必ずや父君からもことほぎいただき、その下《もと》に結ばれましょう。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] どういうこと? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] こちらがミカドのあかつきに、あんたは皇后ーしき光だ。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] 勝利のあかつきなんて興味がないわ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] どうして。 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] あかつきは、どうせ眠っているもの。あたしの恋は、全盲の盲導犬。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] え? 早寝姫[#「早寝姫」はゴシック体] これ以上、くらい話はないわ。 [#この行6字下げ]早寝姫去る。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 私の心は今、烏《カラス》につつかれた死体の目ん玉のような気持だ。イタイ。待って下さい、ベアトリーチェ。 [#この行6字下げ]オオアマノ皇子、追って去る。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] かえした手のひらに、うまくのった青い鳥、どこへ行った? ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 桜の森に迷いこみました。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 桜の下には、なにがあると思う? ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 屍体でしょ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] それは詩人の桜の森。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] 一体なにが。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 俗物たちの桜の森の下。そこにあるのは王冠だ。そいつが、このマナコ様には見えるんだ。 [#小見出し] 耳男の部屋[#「耳男の部屋」はゴシック体] [#この行6字下げ]マナコらも去る。いつしか、仕事部屋で眠っている耳男。その耳にドンドンドンドン、ドンドンドンドンときこえてくる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 日本中の夢をおこすつもりか。 声[#「声」はゴシック体] ドンドンドン。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うるせえっ。 声[#「声」はゴシック体] 私がいるうちにでておいで。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 女中ふぜいが、なまいきな。 声[#「声」はゴシック体] でてこないなら、でてくるようにしてあげましょう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] (びくっと起きて)この声の色は、きき覚えのある桜色。(火打ち石の音、やがて、枯れ柴の燃える音)……ヒメだ! あちいっ、あちいっ! [#この行6字下げ]慌てて火を消す耳男。そこへ中へ入ってきて、珍しそうに眺めまわす夜長姫。見れば、天井から無数の蛇が吊るされている。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] みんな蛇ね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 誰が思いついたの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 俺です。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 火が、まわらなくて良かった。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 優しさもあるんだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 燃やしてしまうと、これを見ることができなかったでしょう。ヒダのタクミの仕事場が、みんなこうなの? それともお前の仕事場だけのこと? 耳男[#「耳男」はゴシック体] たぶん、オレの小屋だけのことでしょう。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] これで蛇は満開なの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 七分、八分というところです。ここぞ正念場と思って、のみをふるうと決まって、押し返されるんです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なにに押し返されるの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] おちてきそうな青空にです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] その空の正体を見たい? 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? [#この行6字下げ]あっという間に甍《いらか》の上にいる夜長姫。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男! 甍の上へ、あがっておいで。 [#この行6字下げ]手をさしのべる夜長姫に安心して耳男、手をさしだすと、夜長姫に手をひっこめられおっこちそうになる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うわあっ!……ったく、虫ひとつ殺したことがないなんて、信じられない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] |りんね《ヽヽヽ》を信じているからよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] りんね? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] だって、虫を殺したら、虫になってしまうのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] クソボーズのいうことだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] だから貧乏人は金持ちを殺すといいのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 金持ちに生まれ変われるのか。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] サラダを食うのはやめよう。来世は、セロリになっちまう。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] お父様を殺せば、次に生まれる時、あたしはヒダの女王になれるわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] (瓦《かわら》から、すべりおちそうになる)虫ひとつ殺せない心には、虫ひとつ生かしちゃおかない心が巣喰ってるんですね。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (耳男を助けず、じいっと見ている)いいえあたし、ただ、じいっと見ているのが好きなだけ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにを。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なんでもよ。なんでも見ていると、しまいに、なんでも見えてきて、そのうちなんでも見つけてしまうの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どんなことを見つけるんだ? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 暑い日にね、人を見ているの。みんなしかめ面をして歩いている。  けれど、突然、俄か雨が降ると『|いやあ《ヽヽヽ》、|まいった《ヽヽヽヽ》、|まいった《ヽヽヽヽ》』って言いながら、ニコニコして、雨やどりしているのが見えてくるの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それで? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 少しも、まいってはないのよ。だのに『|まいった《ヽヽヽヽ》、|まいった《ヽヽヽヽ》』っていうの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 何故でしょう? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] それで、あたし、見つけてしまうの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにを? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 人は俄か雨とか戦争とか突然なものが、大好きだっていうこと。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 雨やどりと防空壕は違いますよ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] でもきっとそこではときめいているのよ。そういうことってない? 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレもあります。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あるでしょ。わからないうちにときめいてることって。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ええ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] いつ? どこで? 何時、何分、何秒? 耳男[#「耳男」はゴシック体] うわっ。(と瓦から足、すべりそうになり)突然、幼な子から問いつめられたようで。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あなたは、どこでときめくの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレの場合は、いつも、桜の森の満開の下です。こわいのだけれどときめくんです。頭の上からバクダンでもおちてくるようなすさまじい音がきこえてくるようで。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] それでいて、物音ひとつしないんでしょ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ええ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 桜の森へ行ってみない? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今日、行ってもだめなんだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今日、行ってもだめなの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 約束があるからね。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どうして? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 満開じゃないから、それに、ひとりでなくちゃだめなんだ。(不安になって点検をし出す耳男) 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なにをしてるの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] |てんけん《ヽヽヽヽ》してるんです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] てんけん? 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメといると、いつ片腕がなくなっていても不思議ではないから、よし五体満足と。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] こわいけれどもときめく? 耳男[#「耳男」はゴシック体] ええ、まあ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] では、あたしと歩けば、どんな森も桜の森の満開の下ね。 [#この行6字下げ]夜長姫、甍よりとびおり、後につづく耳男、そこには鬼達がもそもそいる。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なにが見える。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにも。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 目をこらしてごらんよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どこなんです? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 見つけたものだけが遊べる、古代の遊園地よ。 [#この行6字下げ]耳男去る。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 見えていないと思って好き放題していたわね。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] オレ達、見えてました? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ええ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] おつれさんは? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 代りに見えなくなった。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] おのりになります? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なあにこれ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] ジェット酒舟石に、コーヒー車石。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なんとなく、わかるわ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 亀石に二面石、これは一五センチ以下の人は、おことわりのフライング亀石。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あれは知ってる。夢で見たわ。鬼のマナイタに鬼のセッチン。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] ま、公衆便所みたいなもんだ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] これが有名な巨人の星で活躍した鬼のストライク(ボールが当るとガー)です。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 後世にのこりそうね。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] これが猿石、そしてあそこに仮面ライダーショーなんかをやる石舞台が見える。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今に、こんな石舞台が、なんの為にかつて存在したのかと言われるようになるわ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] ハンニャ思うの、生産することしか考えない人間どもに遊園地の浪費の美学は、わからないわ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] お金をムダ使いする為にやってくるのに、通し券なんか買って節約するんだから。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 遊ぶことが、うしろめたいんだわ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] バカね人間て。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] バカだよ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] バカだ! エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 大バカヤローだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そう、人間なんかになりたくないのね。 鬼達[#「鬼達」はゴシック体] (しょんぼり)なりたい。死ぬほどなりたい。 [#この行6字下げ]耳男、桜の木の下に現れて。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 見つけた。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どうしたの、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにも見えない古代の遊園地に、ただぽつねんと王冠だけが見える。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] これだけが? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の木の下に。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あなたも俗物ね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] これは、古代で一番人気があった遊び。 耳男[#「耳男」はゴシック体] クニヅクリとあります。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 王冠を倒してごらん。 耳男[#「耳男」はゴシック体] これを? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] スイッチが入るから。 [#この行6字下げ]遊園地的音楽。 [#この行6字下げ]メリーゴーランドのように、王冠のまわりをレーザー光線のカニが現れる。 [#この行6字下げ]そこに、遊園地案内人風の謎のカニ(マナコ)がいる。 [#この行6字下げ]レーザー光線のカニに、夜長姫も耳男も鬼ものる。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 早くカニにまたがって。 耳男[#「耳男」はゴシック体] これ、カニヅクリだったんですか。 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] 出発するよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] お前は? 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] 謎のカニです。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 職業は? 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] 俗物。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どこへ行くの? 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] カニと一緒にクニの真ん中へ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] クニのまん中? 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] 王冠のあるところです。さあ行こう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] さあ行こう。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 行こう行こうといいながら行かないのはなぜ? 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] そう。カニはいつも、あの王冠があるまん中へ行きたいなあと思うけれど、なぜか、俗物、こわくてまっすぐ行けない。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それで横歩きするのか。 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] そうこうしているうちに、カニはクニを見ながら、クニに憧れ、クニを一周して、クニの輪郭線ができたのです。 耳男[#「耳男」はゴシック体] クニヅクリというのは、カニのおかげなのか。 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] カニのおかげです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] カニ、クニを見てヒニ、ネニ持つ夢。オニ、マニうけてムニシニました。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なんです。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 眠る前にいつも、お父様からきかされたこの遊びのお話、退屈なので、そこまできくと、いつも、あたし眠ってたわ。 [#この行6字下げ]メリーゴーランドのまん中にふっとオオアマノ皇子浮かぶ。 謎のカニ[#「謎のカニ」はゴシック体] 鬼、まにうけて無に死にましたと。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] それが『狭鬼門』なる書物か。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なにせ、カニには、なんのことやら、とんと。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] どうやってききだした、そのクニヅクリの神話を。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 夜長姫がひきずる長い夜を尾行して。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ヒエダのアレイ、これい。 ヒエダのアレイ[#「ヒエダのアレイ」はゴシック体] は。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] しかと暗誦したか。 ヒエダのアレイ[#「ヒエダのアレイ」はゴシック体] カニ、クニを見て、ヒニ、ネニ持つ夢。オニ、マニうけて、ムニ、シニました。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] クニ、チニさかえるあけぼのに。 ヒエダのアレイ[#「ヒエダのアレイ」はゴシック体] は? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] そう書きたして、このクニヅクリの回転を早めよう。 [#この行6字下げ]激しく回りはじめるメリーゴーランド。 耳男[#「耳男」はゴシック体] カニの速度が早まった。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] まん中にクニの王冠。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 境界線にはカニがしがみつき。 鬼[#「鬼」はゴシック体] クニの外にオニ、ふきとばされる。うわっ。(放っぽりだされる) [#この行6字下げ]のりものストップ。つまりレーザー光線は消える。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 終わったわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どんな感じ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ずいぶん乱暴なのりものだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] たいくつだわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにをなさってるんで? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (藁人形に)願いをかけてるの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 願いを? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 呪いともいうわ。丑寅という時刻のダイヤルと、丑寅の方向のダイヤルとを、ふたつ合わせると、いつでも願いごとが叶うの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それもクニヅクリの遊びで? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] これは、あたしが考えた遊び。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どうするんで? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 目をつぶって。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今度、目をひらいたら、そこにあるものを、ただ見るの。そして見つけるの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 見つける? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 落ちてくる空の正体。 [#この行6字下げ]去る夜長姫、目をつぶったままで耳男、そこに鬼達。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] このかんだったのか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] そうよ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] これを遠くへ蹴るだけで、出直しがきくんだ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] かんがころがっている間は、クニとカニとオニの見分けがつかなくなる。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 再び、桜の木の下にこの王冠がおかれるまでの間に、クニの人になりすませば、いいのね。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] つまり、鬼がかんを蹴る逆かんけりだ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 蹴るぞ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 蹴りな。(蹴ろうとすると) 耳男[#「耳男」はゴシック体] もういいですか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 逆かくれんぼがわりこんできた。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] まーだだよ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 蹴るぞ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 早く。(蹴ろうとすると) 耳男[#「耳男」はゴシック体] もういいですか。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] まーだだよ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 蹴るぞ。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 急いで。 耳男[#「耳男」はゴシック体] もういいですか。 [#この行6字下げ]早寝姫が、桜の木の下にメカクシをしたまま、入ってくる。 鬼達[#「鬼達」はゴシック体] もういいよ。 [#この行6字下げ]その瞬間、鬼達は、早寝姫の首に巻きついた綱をひく。首吊りされた状態になる。鬼達、去る。 [#この行6字下げ]耳男、首を吊っている早寝姫をじいっと見ている。 [#この行6字下げ]ヒダの王をはじめとして、早寝姫の死を悼むものたちも、瞬時にでてきてそれぞれの思いで眺めている構図ができあがる。 王[#「王」はゴシック体] 太陽が死んだ。ヒメからはいつも光の洪水が溢れだしていたのに。誰だ。 都よりの使者[#「都よりの使者」はゴシック体] 都から参った使者です。 王[#「王」はゴシック体] うん? 都よりの使者[#「都よりの使者」はゴシック体] 天智一〇年一二月三日丑寅の刻《とき》に近江大津宮にて天智天皇が崩御なさいました。 王[#「王」はゴシック体] �秋の田のかりほの庵《いお》の苫《とま》をあらみ我が衣手《ころもで》は露にぬれつつ�ミカドがなくなり、このヒメが消えて、この世から、二つの太陽が消えた。夜通しおきている月もいるというのに。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あ、宵の明星だわ。(笑って、早寝姫を見ている) [#この行6字下げ]走りこんでくるオオアマノ皇子、木からおろされた早寝姫の死骸にたむけの花を一輪。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 力を尽くしても、尽くしても、狭き門より入れなかったヒメに。 王[#「王」はゴシック体] 狭き門? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 異国の物語です。愛したあまりに身をひき、恋に死んだ信者の物語です。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 死んじまえ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 死者になんというムチうち。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そんな話は、|信じまい《ヽヽヽヽ》といっただけだわ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] なにゆえ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ほんとに惚れたら生きることだわ。惚れて死ぬのは、人生がフツカヨイしています。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 人生のあかつきも知らずに死んだ妹御を悼むどころか、フツカヨイとはなんだ! [#この行6字下げ]夜長姫につかみかからんばかりのオオアマ、叫び、周囲の人々、おさえる。おさえながら、その手にのみをもたせ、そのふりまわす先に、木彫りを置くと、次第にオオアマは、その怒りをぶつけるようにミロクを彫りはじめる。その騒ぎをよそに、魂を失したようなヒダの王。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] (王に)ヒダタクミ三名人のしんがり、オオアマがただいま、ミロクにとりかかり、三名、うちならび、とりつくように仕事をはじめました。 [#この行6字下げ]耳男、マナコ、二人も仕事場に入る。懸命に仕事をしながら会話。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 太陽が一人で死ぬと思うか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いや。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] スキャンダラスなマナコには、こう見える。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うん? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 太陽に変って、いつも夜通し、おきている月の狂気が、太陽を殺した。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ああ、自分の手を汚さぬアルキメデスが、太陽を殺した。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] その耳にもそうきこえるか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 空だ! 空がおちてくる。この広くて青い空の正体……正体がわかった。夜長姫のあの笑顔だ。あの笑顔が、オレの耳をきりとり、オレの仕事部屋に火をかけ、そして今、あの綱を鬼にひかせたのは夜長姫だ! オレのヒルミに気がついた。オレののみは、夜長姫の笑い顔におされているんだ。おされてなるものか、血を吸え、あのヒメを呪え、そしてヒメの一六の正月にイノチが宿って化け物になれ! [#この行6字下げ]耳男、マナコ、オオアマ、三者三様の佳境に入った仕事ぶりが三種類の打楽器にて表現される。 [#この行6字下げ]打楽器の音は次第に戦乱の音に近づいていく。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 天智の大王《おおきみ》の御亡骸《おんなきがら》は殯《もがり》の宮にまつられて、太陽が死んだごとく、今や、クニはゆらぎ、モーローとしております。 王[#「王」はゴシック体] モーローと。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] は。 王[#「王」はゴシック体] その太陽を失なったクニの心が私にはよくわかる。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 今こそクニは、ヒダの王家の指示をあおいでおります。おきき下さい。山の陵《みささぎ》の土もかわかぬうちに、この音、この不穏な音を。 [#この行6字下げ]叛徒(鬼達)が、周囲より。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] オオアマノ皇子! いまぞ、兵を挙げる時かと存じます。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] しかるにきけば、恋に身をこがし、恋にうちひしがれたあげく、役にも立たぬミロクを彫っていらっしゃるとか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 化かすはずのミロクに化かされたとか。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] オオアマノ皇子! 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] オオアマノ皇子! [#この行6字下げ]鬼達、さっと集まり、鬼に戻る。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] どう思う。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] だめだ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] かんを蹴らずにミロクを彫ってる。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] |かん《ヽヽ》違いだ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 見捨てるか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] あたし達だけで、かん蹴るの? 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] いざ、蹴るとなるとな。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] かんけりって、やたら蹴りたがるタイプと絶対蹴らないタイプと二通りいたじゃん。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] やっぱり今、やたら蹴る位置にあるのはオオアマノ皇子だよな。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] よし、ちょい待ちだ。 [#この行6字下げ]鬼の中に、マナコの手下がまじっていく。慌てて、マナコのところへ走っていく。 ビツコの女・右カタメ[#「ビツコの女・右カタメ」はゴシック体] おかしら。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] オオアマの奴、魂抜きとられている。 右カタメ[#「右カタメ」はゴシック体] 豪族達も、ねがえりをはじめた。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] とてもムホンなんざ、ムリでさ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] よしっ。 [#この行6字下げ]山賊マナコ、突如とんでもないところへ走ってきて、一人で芝居をはじめる。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] へい、まちがいございません……鬼どもは、ムホンの準備万端、そのオオアマって野郎の合図を待ってる様子でさ。だから機先を制して……いえ、それがそのオオアマ、やる気をなくしていて足並みも乱れて。やっちまうなら今でさ。あっしが? めっそうもない。  ムホンの方に加わるなどとこれっぽちも考えたことはございません。  卑しい出ですが、このクニへの忠誠心は誰にも負けません。そのしるしにこのカニかんとどうぞ、この刀を九万本、この暮れのごあいさつに。ムホンが起ったあかつきには、これでオオアマの野郎だろうが、バッタバッタとムホン人達を叩っ殺して下せえ。え?……オレを鬼征伐の大将に! [#この行6字下げ]マナコ、また走って戻ってくる。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] どこへ行ってきたんで。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 都によ。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] フットワークいいな。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] カニはクニから鬼征伐の大将に命ぜられた。 ビツコの女[#「ビツコの女」はゴシック体] おかしら! 都に手のひらをかえしたのですか? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 右の手のひらだけよ。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] では左の手のひらはまだオオアマノ皇子に。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] てんびんにかけてるんだ、一七万九九九八……一七万九九九九……一八万本と。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] この秋の終りに、まず先陣をきり、ヒダタクミのうち一名がミロクを、彫りおえました。 王[#「王」はゴシック体] 誰が? アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 意外にも俗物マナコがです。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] オオアマノ皇子! ちょい待ちのこれが最後のちょいすです。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 今や鬼門は、もう目の前。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] あとは、皇子が鬼門をくぐり。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 鬼ひきつれて参れば、一気呵成。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] お前達は、人に欺かれたことがあるか。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] まだ早寝姫のことを。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 欺かれたことがあるか! エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 鬼に化け人を欺くことはありましても。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 欺かれたことは一度も。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] では、今、はじめて、欺かれた。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] どういうことで。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] あの綱を、鬼にひかせたのは夜長姫ではない。このオレだ。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] まさか。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] ヒダの太陽を殺して、ヒダの王の魂をぬきとったのだ。だからオレのミロクには、見ろ、ヒダの魂が入っている。これで王は、オレに心を許す。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 恋にとりつくトリックを使ったのですか。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 身分を欺き、早寝姫を欺き、目に見えぬ鬼までも欺き、オレはムホンの心を守りぬいてきたのだ。  オレのミロクはクニを彫ることだったのだ。 [#この行6字下げ]アナマロが王のところへ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] マナコにつづき、ただいま、ヒダタクミ、オオアマが仕事を終えました。 王[#「王」はゴシック体] のこるは耳男。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 師走というのに。 マネマロ[#「マネマロ」はゴシック体] 耳男急げ! アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 耳男の耳には、もはや何も入っておりませぬ。 王[#「王」はゴシック体] 師走ものこすところあと一〇日。 マネマロ[#「マネマロ」はゴシック体] といってるうちにもう三日。 王[#「王」はゴシック体] と思っていたら除夜の鐘が聞こえてきた。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 夜長姫の一六の正月があけます。 [#この行6字下げ]ゴーン! の「ン!」の字のところで。 耳男[#「耳男」はゴシック体] できた。 [#小見出し] ヒメの一六の正月[#「ヒメの一六の正月」はゴシック体] [#この行6字下げ]除夜の鐘が鳴り終えると少女の正月。 [#この行6字下げ]耳男、マナコ(に化けたカタメ)、オオアマの三者前へ進み出る。 [#この行6字下げ]三人の前にそれぞれつくったミロクがおかれている。 [#この行6字下げ]ミロクの姿はまだ見えない。 [#この行6字下げ]鬼達は、ゆっくりと、この正月の外で、りりしく武装をはじめている。 王[#「王」はゴシック体] 太陽がふたつ死んだ正月の、日の光はなんだか重たい。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] それでも新年のゴアイサツを。 王[#「王」はゴシック体] 未来は、夢とキビョーで一杯だ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 未来に奇病をばらまかれたりして。 王[#「王」はゴシック体] だから今のうちに鯨を食べて、イルカをいじめよう。どうせ踏んだり蹴ったりの未来だもの。 マネマロ[#「マネマロ」はゴシック体] すっかりやけだったりして。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] そのやけになった王と、波長があうのは、夜長姫だけだったりして。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] お父様、あたしの初夢は、人間のてんぷら。 王[#「王」はゴシック体] そうかそうか。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] マナコ(カタメに気づいて)ではなかったりして。マナコはいずこ? カタメ[#「カタメ」はゴシック体] 徹夜で眠いと。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (被せてあったマナコのミロクの布をとる)……マナコのミロクは、笑顔の裏に刀でもかくれていそうなミロクね。よく見せて。(背中へまわりこもうとすると) カタメ[#「カタメ」はゴシック体] は。(とまわりこむ)いかがで? [#この行6字下げ]かくて、マナコのミロクの顔が見える。何の変哲もないミロク。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] つまらないミロク。 王[#「王」はゴシック体] ミロクがなかったりして。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (オオアマ、ミロクの布をとり)まあ、お父様、このミロク。 [#この行6字下げ]くるりとミロクを見せると、それは早寝姫にそっくり。感動している王。 王[#「王」はゴシック体] おー、早寝姫だ。いいな、いいな、エッチだな。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] お許し下さい。 王[#「王」はゴシック体] 誰のことを。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いえ、王の心をです。 王[#「王」はゴシック体] うむ、こころゆるすぞ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] では、ひらいていただけますね。 鬼達[#「鬼達」はゴシック体] どきっ! オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いえ、王の心をです。 王[#「王」はゴシック体] うむ、こころひらくぞ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] まるで、お父様とお話しせず、目に見えないものに目くばせしているみたい。 王[#「王」はゴシック体] (すっかり気に入って)わしは、こころゆるし、こころひらくぞ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] けれど心ここにあらぬミロクだわ。さ、耳男のミロクをお見せ。 [#この行6字下げ]実にかれんで、愛らしい布を被せてある。 [#この行6字下げ]その布をあける。人々、そのミロクを見て、コトバもでないほどギョッとする。 [#この行6字下げ]観客には、まだミロクの背中しか見えない。 [#この行6字下げ]対照的に鬼達は声を出さずに大笑いをしている。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] なんなのこれは。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 他のタクミは知らねえが、三年《みとせ》前、ここでヒメに会った時、オレは決めた。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] これが、頼んだミロクか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメの気に入るような仏像を造る気などハナからない。うすぎたねえ化け物を造るために精魂をかたむけてやるとカクゴをきめたんだ!! [#この行6字下げ]間。タンカをきってさあ大変。 [#この行6字下げ]息づまる沈黙。夜長姫じいっと耳男を見て。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 珍しいミロクの像をありがとう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] へ? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 他の二つに比べて、百層倍も千層倍も気に入りました。 耳男[#「耳男」はゴシック体] この笑顔を見たことがある。耳をきる前、火をかける前、妹とさよならする前……殺される。今度はオレが殺される。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] うん。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うんって、大丈夫だ、思いすごしだとか言ってくれ。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いや、殺されるな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] よりによってオレはとんでもないことをしちまった。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] なんで、こんなものを彫っちまったんだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] あの笑顔だ、まことに恐ろしいのはあの笑顔だ。殺されるなら今生の思い出にオレは、あの笑顔を刻みたい。ヒメ様! 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なあに。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今生のお願いがございます。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] こんなにステキなミロク、みたことがなくてよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] こんな化け物ではなくおヒメ様のお顔を刻ませて下さいませ。それを刻み残せば、あとはいつ死のうとも悔いはございません。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 私がそれを頼むつもりでした。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 王[#「王」はゴシック体] 皮肉の作だが、彫りの気魄《きはく》、凡作の手ではない。ことのほかヒメが気に入ってる、ゆえに約束のホウビ、エナコをお前に。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そればっかりは。 王[#「王」はゴシック体] やろうにも、お礼にする奴隷のエナコはすでに死んでしまった。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男の耳をきりおとした懐剣でノドをついて、血に染まったエナコの着物は、いま、その足下に敷いてあるそれ。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] ひえーっ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今更、そんなことでは、もう驚かぬ。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] して、ヒメ、このバケモノ像はいかにしましょう。 [#この行6字下げ]バケモノ像を運ばんと、鬼が、その像につく。音楽。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 無数の蛇を裂き殺して逆さ吊りにして生き血をあびながら呪いをこめて刻んだバケモノ、なにかのまじないくらいになるわ。他にとりえもないバケモノは? 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ様、ダレと? エンマ[#「エンマ」はゴシック体] どこに飾ります。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 門の外へ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ダレと話をしているので? ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] いずこの方角。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 丑寅の。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] いかなる門に。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 力を尽くして狭き門より入れ。 [#この行6字下げ]はじめて、耳男のバケモノの彫像、こちらをむく。その顔は、すさまじい鬼の顔。門の上に飾られ、鬼門が完成する。鬼門はギイッとばかりに音がして扉が開く。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] 鬼門がひらくぞ! [#この行6字下げ]鬼たち、どっとばかり鬼門を通り入りこんでくる。オオアマノ皇子、その時を待っていたとばかりに。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] いまだ、翼をつけた虎が野に放たれた壬申元年、オオアマノ皇子、近江大津宮の朝廷にむかい、弓をひく、もとい、かんを蹴る! [#この行6字下げ]ついにかんも蹴られる。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 蹴ったからには、この丑寅はトブ馬のヒダより都までオニのカクラン、その隙に。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] あの王冠が、また再び、桜の木の下におさまるまで。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] 人になりすませ! オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] さあ、マナコのミロクに隠されたミロク一八万本の刀を。 [#この行6字下げ]オオアマは、ミロクの中に隠しもった刀を次々と鬼に手渡すが、何人目かの鬼には刀が渡らない。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] 刀が足りない。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] のこりの九万本はどうした。 [#この行6字下げ]一旦、鬼門をくぐりぬけた鬼が、ヒダの王家の人々の手にする刀によってしばし押し返される。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 敵も同じ刀を使っております。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] マナコ、手のひらをかえしたか。手のひらをかえしてくれた借りは、手のひらでかえすぞ。(おちゃらかをやって去る) [#この行6字下げ]代って夜長姫と耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレの化け物がなにを引きよせてるんです? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 上っておいで。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 甍の上から眺めるの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] イクサをですか。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ほら、キリキリ舞いして、人が死んでる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 危ない! 矢がとんでまいります。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] (矢がパン、パン、パンととんでくる)平気よ、(耳男が彫ったバケモノ像にまたがり)この化け物が鬼をも、イクサをもにらみかえしているもの。 [#この行6字下げ]夜長姫、甍を伝っていく。耳男もつづいていく。二人去る。代ってとびこんでくるのは、オオアマノ皇子と鬼達。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] 都の刀も九万本。 仕事の青鬼[#「仕事の青鬼」はゴシック体] ムホンの刀も九万本。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] イクサ、長びきましょうか。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] オオアマノ皇子の壬申の乱における勝利は、すでに狭鬼門の夢とキビョーとしるされている。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] では、勝ちははなから。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] クニと自由を手に入れるのは、たやすいもの。問題は。 仕事の赤鬼[#「仕事の赤鬼」はゴシック体] なんです? オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] 手に入れたクニと自由をどうするかだ。 ハンニャ[#「ハンニャ」はゴシック体] と、アンドレ・ジイドは言っている。 エンマ[#「エンマ」はゴシック体] そのクニと自由はどこに。 オオアマ[#「オオアマ」はゴシック体] セマ・キモーンをくぐりぬけた先だ!! [#この行6字下げ]ワーッとばかりに鬼門を向うへと走りぬけていくと、はじめて舞台は反転する。 [#小見出し] 壬申の乱が明けて[#「壬申の乱が明けて」はゴシック体] [#この行6字下げ]反転すると、巨大な大仏の首から下が見えてくる。但し、まだ大仏とはわからない真っ白さ。ついさっきまで、汗だくでイクサをしていた鬼達は、すずしそうな顔して人となり、皆いい格好をしている。 [#この行6字下げ]イクサが嘘だったほどに穏やか。「どうも、どうも」といいあう人間のうしろで耳男のつくった化け物の彫像におそなえをしている人々もいる。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] どうも、どうも。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] どうも、どうも。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] え? あ、どうもどうも。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] (名刺を出して)あ、どうも、私、こういうものです。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] え?(名刺を出して)どうもおくれまして、私こういうもので。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] (カタガキを見て勝ち誇って)ほー、私、今、こういう風になっておりまして。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] へー、こんなにごりっぱに、いやどうも。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] いや、別だんどうも。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] どうも。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] あのう。(名刺をいただけませんか、という気持ち) アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] は? エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] いや、どうも。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] あ、どうも!(アカマロに) アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] ところで、なんですな、さいきんは、どーも。(ハンニャロを見つけて)あっ! どうも!! ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] いやあ、どうも。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] いや、さっそくどうも。(名刺を出して)これを。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] え? あ、どうもどうも。(名刺を出して)どうも。 [#この行6字下げ]名刺のカタガキをちらと見て、勝負している。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 名刺って、カタガキを見て、カチマケ決めて、一杯集めて、メンコが大人になっただけだったりして。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] (アカマロの名刺を見て)あら、あなた大納言なんかになられたりして。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] そういうあんたもナスターシャという名に変えられたりして。 [#この行6字下げ]そこへ、マナコと都よりの鬼征伐軍。 [#この行6字下げ]威勢よく登場、エンマロらは若干ひるむ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] なにごとでしょう。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレはだんだん臆病になるんだ。威勢のいいうちに、でてきやがれ、そこだ! エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] ひえー。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (すり足をみて)なんだ、その歩き方。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] (すり足)足が地についたくらしをはじめたりして。 鬼征伐に来た人[#「鬼征伐に来た人」はゴシック体] それにしても穏やかです。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] そんなはずはない。 鬼征伐に来た人[#「鬼征伐に来た人」はゴシック体] つかぬことをうかがいますが。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] はい? 鬼征伐に来た人[#「鬼征伐に来た人」はゴシック体] ここいらに、オニがでましたか? アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] オニ? 鬼征伐に来た人[#「鬼征伐に来た人」はゴシック体] なんでも、オニが、カクラン、サクラン、タクランで、ハンランを起こしたとか。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ダレ、あんた? 桃太郎[#「桃太郎」はゴシック体] 桃太郎です。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレが都で鬼征伐大将軍に任ぜられたゆえ、都から桃太郎を連れてきたんだ。 桃太郎[#「桃太郎」はゴシック体] きびだんごをありがとう。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 都って、どこの都? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 近江のミヤコよ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 近江トシローは、ミヤコハルミよ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なにいってんだ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] だからすでに都はここ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ここが都だ? エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] あっ! この男、カニだ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] あっ! こいつら、鬼だ。 桃太郎[#「桃太郎」はゴシック体] 両者ともおちついて。きびだんごをあげるから。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 桃太郎さんよく見て下さい。  この立札。(立札を見ると、マナコの似顔絵) アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] おたずねガニだ! おたずねガニですぞ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレのマナコは歴史の裏窓。お前らは鬼の子孫だ。かぶった烏帽子の下に角が見えてらあ! エンマロ・アオマロ[#「エンマロ・アオマロ」はゴシック体] おたずねガニがいましたぞ! [#この行6字下げ]逃げざるをえない、マナコ。アカマロとハンニャロのこる。立札をよむ耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] このおたずねガニは、なにをしたんです。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] ケチャップの罪を。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ああ、手についたかと思えば、もう服についていたりする。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] どっちつかずな罪です。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どんな罰をうけるんです。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] おたずねガニは、カニよりナニになりさがる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ナニ? [#この行6字下げ]お供えをしている人間が耳男に気づき。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] 耳男名人だぞ! [#この行6字下げ]古代の人々は、写真をとる代りに火打ち石をうっていた。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] こっち向いて笑って下さい。(カシャッと火打ち石をうつ) 耳男[#「耳男」はゴシック体] (笑う) クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] こっちも。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] あの、ここもお願いします。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 誰だ? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 名人の上に有がつく人。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 前世で、見たことがある。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] なんでも、鬼を退治したとかさ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 嘘をつけ、オレたちゃ退治されてねえ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] しっ! 鬼はあたしたちの前世。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] じゃ、鬼って誰のこと? クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] あのバケモノ人気で、お供え物の山ですが。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 女優とお供え物には手をつけません。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] 本当ですか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ただの方便。 クニの人3[#「クニの人3」はゴシック体] あのバケモノがイクサと鬼をにらみかえしたという噂は? 耳男[#「耳男」はゴシック体] それも方便。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] では名人、あのバケモノ像を彫った時は、どんな心で? 耳男[#「耳男」はゴシック体] それは、勘弁。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] どちらへ? 耳男[#「耳男」はゴシック体] ほんの小便。 耳男のマネージャー[#「耳男のマネージャー」はゴシック体] 名人は時間がありませんので手短かに。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] 改めて日本ホリモノ大賞受賞おめでとうございます。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] さいごに今の心境を。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 夢のようです。 [#この行6字下げ]全員、去る。耳男ゴロンとなる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 夢だったのか、夢の中で夢じゃないかなと思ってやっぱり夢だった時ほど、その夜の夢を返して欲しいと思うことはない。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 夢ではなかったりして、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] そのオニをもにらみかえす腕をみこんで、願いごとがあったりして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 誰の願いだ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 新しきミカドだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? [#この行6字下げ]白い布がバサッとおちると、巨大な仏が見えてくる。そこに新しきミカド、オオアマがいる。エンマロとアオマロ、長ーい棒を地上五〇センチぐらいすれすれに、ゆっくりとふりまわす。ゆえに、人々はミカドの前では、自然と頭を下げざるをえなくなる。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 大王《おおきみ》は神にしませば赤駒の腹這う田居《たい》を都となしつ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] よー、オオアマ。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 頭が高い。(と長ーい棒をふる) ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] いまは、天武の大王《おおきみ》にあらせられる。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 大王《おおきみ》は神にしませば水鳥のすだく水沼《みぬま》を都となしつ。 袖の声[#「袖の声」はゴシック体] そちらへカニが! [#この行6字下げ]マナコ、とびこんでくる。 天武[#「天武」はゴシック体] お前はクニにもオニにも九万本ずつ。(刀をむける) アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] クニ一八万本の刀をむけたカニだ。(刀をむける) マナコ[#「マナコ」はゴシック体] (両方からの刀に、つま先立ちとなり、横歩きするしかない)たしカニ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オオアマは神にまつられ、オレは名人とうたわれ、カニは罪人に問われて、同窓生の末路を見る思いだ。 天武[#「天武」はゴシック体] 同窓生にマドンナはつきもの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] マドンナ? 天武[#「天武」はゴシック体] 夢見がちに、外を見ていた窓ぎわの女だ。 [#この行6字下げ]窓と一緒に、夜長姫現われる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ、なぜここに。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 食うねるところに、住むところ。 天武[#「天武」はゴシック体] わがキサキよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] しかし、そこは…… 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたしの窓だもの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] でも、その窓はもはやヒダの窓ではありません。 天武[#「天武」はゴシック体] ヒダ? [#この行6字下げ]皆、「ヒダヒダ」とひそひそ話する。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なにをヒダヒダ話を。 天武[#「天武」はゴシック体] このクニにヒダと名のつく、ところはない。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ここが、飛ぶ馬の国、ヒダだ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 馬がとびます? 天武[#「天武」はゴシック体] とぶのは鳥、ここはとぶ鳥の国、飛鳥《あすか》です。あすかきよみはらのみやだったりして。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ではヒダはどこに? 天武[#「天武」はゴシック体] ほれっ。(バサッと一冊の本を見せる) マナコ[#「マナコ」はゴシック体] これは、由緒正しき『狭鬼門』。 天武[#「天武」はゴシック体] 今は、日本書紀とよんでいたりして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒダの国が消えている。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 書き変えたな。(立ちあがろうとすると頭の上で棒がビューン) 天武[#「天武」はゴシック体] 時間の重みにひき殺されてこそレキシ。 ヒエダのアレイ[#「ヒエダのアレイ」はゴシック体] (棒をふりながら)鬼、真にうけて、無に死にました。 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼も歴史にひき殺されたりして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] でも、みなさん|狭き門《ヽヽヽ》の外から入ってきた鬼…… 天武[#「天武」はゴシック体] ここに、内と外はない! 上か下だ。  わかるな、天か地だ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] (棒に脅えて)身をもって。 天武[#「天武」はゴシック体] その上に顔を出したいか、名人。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 名人? いいひびきだ。 天武[#「天武」はゴシック体] そのまま地面をなめていたいのか? 耳男[#「耳男」はゴシック体] できれば上に。 天武[#「天武」はゴシック体] そうだろう。 [#この行6字下げ]耳男の上の長い棒がとりのぞかれる。 [#この行6字下げ]マナコはあいかわらず棒の下。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] あ、耳男、ひきょうもの。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレを、ひきょうとよべる手のひらか! エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] このカニは、いかが処します。 天武[#「天武」はゴシック体] 追放だ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 渡りに舟。 天武[#「天武」はゴシック体] え? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 三途《さんず》の川にも六道銭をかせぐ、だつえババアがいるって話よ、カニ、サル。 [#この行6字下げ]マナコ去る。 天武[#「天武」はゴシック体] 名人! 耳男[#「耳男」はゴシック体] へ? 天武[#「天武」はゴシック体] ヒメの顔をホレ、この大ミロクの大仏に彫れ! 耳男[#「耳男」はゴシック体] あのうえにヒメの笑顔を。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] おかしいか。(長い棒をふる) 耳男[#「耳男」はゴシック体] いえ、かねてよりヒメの笑顔を刻みたいと。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたし、いやだわ、あんなに顔が大きくなるの。 天武[#「天武」はゴシック体] 仏像は、顔の大きさこそ、信仰の大きさだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 信仰? なにを信じているんだ? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] お前の彫ったバケモノ像が、イクサと鬼をにらみかえした。その力は、尊い神があたしの生き身に宿っていたからだと、お供えの山。 天武[#「天武」はゴシック体] ヒメこそ神の化身だ。 [#この行6字下げ]ストップモーション。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] というのはただの方便。 耳男[#「耳男」はゴシック体] では、このお供えはなにを信じて? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ここは、信仰心のゴミ捨て場。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ほんとだ、燃える信仰心、燃えない信仰心。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] いいこと、この化け物、イクサをにらみかえしたどころか、鬼の門をひらいて鬼を導き入れたのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] とんでもないやつだ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] すてきだったわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 私は、毎日、イクサの間、甍の上からそれを見ながら雨やどりのエールを送っていたわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 『いやあ、まいったまいった』といいながらイクサを見ていたのですか? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] けれども、お前が甍にあがって見てもお前には『いやあ、まいったまいった』は見えなかったでしょう。このバケモノを仕上げた時から、お前の目には『いやあ、まいったまいった』が見えなくなってしまったから、これからつくる大きなミロクは、家庭温泉クマノ湯の素以下、おばあさんのリューマチを和らげる力もないわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そいつは逆だ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 逆? 耳男[#「耳男」はゴシック体] このバケモノこそ、家庭温泉アリマの味わい以下。これからつくる大仏さまには、オレの野心がのりうつる。ただ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ただ、なんなの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] そのヒメの笑顔がオレの野心から自信をはぎとる。 [#この行6字下げ]耳男、仕事にかかる。夜長姫去る。 天武[#「天武」はゴシック体] この大ミロク像が、完成したあかつきには名人、おれいにどれいを。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そればっかりは……ギョ!(見ればエナコがいる) 天武[#「天武」はゴシック体] エナコのムスメで、ヘンナコだ。年は? ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] みっちゅ。 天武[#「天武」はゴシック体] ほうびは、このヘンナコと失した耳だ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 失した耳を? 天武[#「天武」はゴシック体] そこから永遠にお前を名人と呼ぶ、カニガニの声がきこえてくる。 [#この行6字下げ]耳男、大仏の足下に用意された豪華な仕事部屋で仕事をはじめる。天武ら、去らんとする。 [#この行6字下げ]エンマロ、アオマロが二人、棒をもったまま残る。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] (小声で)アオマロ。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] なんだ。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 大きい声じゃいえないけれどオレは鬼だったころの方がなつかしい。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] オレもだ、エンマロ。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 緊張感がないっていうか、棒が重たいっていうか。 [#この行6字下げ]ハンニャロ、アカマロ、天武天皇と共に現れて。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] そうエンマロ達がヒダヒダ話をするのをききつけました。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] いかに? いたしましょう。 天武[#「天武」はゴシック体] マナコもろとも追放せよ。 [#この行6字下げ]マナコも棒の下に入れられている。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なぜ門の外へ追放しねんだ。 天武[#「天武」はゴシック体] なんのさわぎだ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 追放するなら門の外へ出せ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 外へ出てどうする? 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼にでもなって帰ってこようと思ったか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] え? 天武[#「天武」はゴシック体] なぜに、そんなにお前達、鬼になりたがる。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] やっぱり、鬼ごっこは、鬼が楽しいもんなあ。 天武[#「天武」はゴシック体] クニヅクリは、ガキの遊びではない。鬼はかわいい鬼ばかりじゃないぞ。食人鬼や、通り魔、強姦魔に、まわりをうろうろされてよろこんでいる女子寮のお姉さん達とはわけがちがう。私は、鬼を愛するよりは、クニを愛する。クニと正しきカニにのみ幸いあれ。 [#この行6字下げ]クニの人々も、いつしか現われ、ぐるっと天武天皇のまわりをめぐって、その演説にききほれている。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] では、この新しきクニには? 天武[#「天武」はゴシック体] オニをつくらない。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] けれども、丑寅の方角は消せねえよ。 天武[#「天武」はゴシック体] 門を閉鎖する。ダレも外へ出すな。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] それでは追放ってぇのは、ちゃらか。 天武[#「天武」はゴシック体] 国内追放だ。だれひとり、オニにせず、誰にもかんは蹴らせない。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] では、あの王冠は永遠《とこしえ》に桜の木の下。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] オニでもカニでもなくなった。こいつらは、ナニですね。 天武[#「天武」はゴシック体] ナニだ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] オニは外、クニは内、けれどナニはいずこに? 天武[#「天武」はゴシック体] このクニヅクリの深謀遠慮の棒のリクツがわからないナニどもは、リクツの下に入ったりして。 [#この行6字下げ]捧がふられると、マナコ、エンマロ、アオマロ、その棒でリンボーダンスをはじめる。その中にヒダの王と王家の者達がまじってくる。「リンボー! リンボー!」と最初は盛り上がっているが、さいごは、地面すれすれの下に這いつくばらざるをえなくなる。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] かつてのヒダの王が…… 王[#「王」はゴシック体] はい。こんなところでビンボーしています。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] お元気そうで、なによりです。 王[#「王」はゴシック体] どこにでも私が住めば、そこは都、それが王の特権、王のゆとりです。で、今、誰が鬼? アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 誰が、というと? 王[#「王」はゴシック体] かんけり。早くまた、ダレか蹴ってくれないと腰がいたかったりして。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] かんけりはもう終わってますよ。 王[#「王」はゴシック体] じゃ帰ろう。(と立ち上がると、ビューンと、長い棒がとんでくる) エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 危ない! アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] エンマサマが人助けを。 王[#「王」はゴシック体] (楽しんで頭を上げる。ビューンととんでくる。頭をひっこめる)別の遊びに変わっていたりして。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 事の重大さがのみこめているのだろうか。 王[#「王」はゴシック体] で、どんなルール、これ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] まず、この深謀遠慮の棒の下で辛抱する。春が来て夏が来て秋が来て冬がすぎ、また春がくる。それでも辛抱する。そうするうちに、夏が来て、秋が来て、冬が来て、そして春が来ても辛抱する、やがて春が来て…… アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 王、眠っちゃった。 王[#「王」はゴシック体] はっ!(目ざめて)ローゴクにいる。夢からさめても、ローゴクにいるような気分だ、なんとかしよう。ゴックン。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 事の重大さがのみこめたようだ。 王[#「王」はゴシック体] ズルじゃん。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] は? 王[#「王」はゴシック体] ルールを守ると思ったから、あいつ仲間に入れてあげたんだよ。死んでも鬼門をくぐれば、また物語へ戻れると思うから、みんな、心優しく死んでいったのに。かんけりをやめた? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] かんを蹴らせてくれないんだ。 王[#「王」はゴシック体] もしかして早寝姫は? アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 死んだきり見えなくなった。 王[#「王」はゴシック体] これからは、そうだ、死んだら鬼にもなれず、いなくなるんだ。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] あのでっかい大仏が、できあがって目がひらいたら、鬼をにらみつけ、二度と鬼門もひらくまい。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] ずうっとこの姿勢のままか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 今のうちになんとかしよう。 王[#「王」はゴシック体] 誰かがあの大仏の首をおとしに、鈴をつけにいったりして。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] でも、大仏の首をおとせなかったら。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 自分の首がおちるだろうな。 王[#「王」はゴシック体] 落ちたらサイゴ、帰り仕度。カーテンコールももらえない。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 誰が行く? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] こよりで、決めよう。 [#この行6字下げ]四人ひく。ヒダの王が当ってしまう。 王[#「王」はゴシック体] いやだあ。カーテンコールが欲しい。代ってくれ、この世が元に戻ったら財産すべてやる。資産八四億だぞ。 アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] これが、王のゆとりか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] おい、資産八四億ってほんとか? エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] やめとけ、マナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ゼニの次に命が惜しい、それが俗物。よし、威勢がいいうちに、大仏の首をはねてくるぞ! けれど忘れるな資産八四億、オレは本気だぞ。化けてでも、とりにいく。ただ…… 王[#「王」はゴシック体] なんだ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] もし、とりにいけなかったらその八四億円。 王[#「王」はゴシック体] どうする? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] アフリカの恵まれない子供達に寄附してくれ、俗物には、手に入れた大金の使い道がわからない。 [#この行6字下げ]ドンドンドンと太鼓の音。大仏の首を彫っている作業中の耳男とマナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] やい、名人かぶれ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なんだ、やぶれかぶれ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] その首をよこせ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] この首は、夜長姫様の首。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] では、その首もろともよこしやがれ。  その首は、鬼ねめつけて門を閉ざす首だ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] この首が、鬼の門をひらくか、とじるかは、オレの腕にかかってる、黙ってみてろ!……(必死)…… マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 手伝おうか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ダメだ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ダメか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 出だしの威勢は、もう萎えたのか。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なあ耳男、同窓生のよしみで、その夜長姫の首に鈴をつけてくれないか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] (アッサリ)いいよ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 首をきってくれるか。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今、鈴つけろって。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] お前、意外に俗物だな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレ、自転車に乗って下り坂になるといつも思う。この世が永久に下り坂ならどんなに楽だろう。でも、もしずっと下りつづけていたら、お前どう? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] とことん下りつづけるほどに人間は強くない。どこかでブレーキをかけてひきかえす。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そうだろう、それが人間だろう。ところが夜長姫には、それがない。とこしえに、下りの坂道を笑いながら、自転車で下りつづけていくようなヒメだ。しかも、荷台に地獄をのせて。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] お前、もしかして。 耳男[#「耳男」はゴシック体] うん? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ヒメに|ほ《ヽ》。 耳男[#「耳男」はゴシック体] おたずねガニがここにいますぞ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] クソっ、威勢を立て直してから出直してやるぞ。 [#この行6字下げ]追われるマナコ、そこに夜長姫。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 明日にも開眼式《かいげんしき》だそうね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 開眼式? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あなたの御立派な大仏が、目をひらいてクニ中をにらみつける日よ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] なぜだろう、今はヒメの笑顔にもおされることなく、心に安らぎを得、すなおに闘っているのに、なんだろう、この平穏。いつもと違う、このしじま……オレは、なにか約束を忘れている気がする。ダメダ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ダメなの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] まるでタナゴコロの孫悟空。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、すぐにも蛇をとっておいで、大きな袋いっぱいに。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 蛇を?(蛇をとりはじめる) 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あのバケモノを彫った去年の今ごろも、そうしたのでしょう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ええ、そのまた前の年の今ごろも。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なんのために? 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメの笑顔を呪いながら。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 呪いながら願っていたのでしょう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ええ、(蛇をとりおえて)蛇を生き裂きにして、血をしぼり。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] しぼった血をどうしたの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] チョコに受けてのみました。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 一〇匹も二〇匹も? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 飲みたくなけりゃ、バケモノにぶっかけるだけ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] そして裂き殺した蛇を。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 天井に吊るした。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 同じことをしてちょうだい。今度は蛇を、この青空一杯にするのよ。ごらん、ここから、キリキリ舞いをしている人が見える。 耳男[#「耳男」はゴシック体] キリキリ舞い? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 見えない? 耳男[#「耳男」はゴシック体] どこにも。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 私には見えるの、あのうしろには鬼がいるもの。誰にも鬼が見えなくなって、わからなくなっただけ。ほら、あそこ! 鬼がいる。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どこに? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] キリキリ舞いがはじまるわ。だから、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 明日は、朝早くから私達も、蛇を吊るすのにキリキリ舞いだわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 朝早く? ヒメが? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたし明日から、イイ子になるの。 [#この行6字下げ]耳男、仕事つづける。夜長姫去る。 [#この行6字下げ]|まり《ヽヽ》がひとつころがってくる。 [#この行6字下げ]追ってでてくるヘンナコ。蹴ろうとすると逆方向から天武とハンニャロ。 [#この行6字下げ]アカマロ現れて。 天武[#「天武」はゴシック体] 蹴るな。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] うん? 天武[#「天武」はゴシック体] まり、といえども蹴ったりするな。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] (ポーンと蹴る) 天武[#「天武」はゴシック体] 蹴るな! 近頃、貴族にも蹴まりがはやっているとな。あれは、かんでも蹴るケイコをしているのか? アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 疑心暗鬼というもの。 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼を含んだ熟語を使うな、近づくな! ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] え? 天武[#「天武」はゴシック体] 桜の木の下のかんに近づくな! ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] あたし、みっちゅよ。 天武[#「天武」はゴシック体] みっちゅといえどもだ、木の葉ひとちゅ、風ひとちゅ、かんに近づけるな。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] このかん、どうしたの? 天武[#「天武」はゴシック体] そのかんが倒れたら、私とクニとが滅びるのだ。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] (軽く倒す) 天武[#「天武」はゴシック体] うわー、やめろ苦しい。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 近頃のミカドは、いつ蹴られるかと、すっかり脅えていらっしゃる。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] 誰が蹴るの? 天武[#「天武」はゴシック体] オニだよ。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] オニ、見えなくなったんでしょう? 天武[#「天武」はゴシック体] オニというな! オニと呼ぶからオニが生まれる。今後は、オの字もニの字も使ってはならぬ。 ヘンナコ[#「ヘンナコ」はゴシック体] オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ、オニ。(といいつつ去る) 天武[#「天武」はゴシック体] (卒倒する) ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] (水をかけてさしあげる)かんけりを、それほど恐れるなら。 天武[#「天武」はゴシック体] うん? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] いっそ、かんけり以外でミカドを譲られては。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] ハンカチおとしなど、いかがで。 天武[#「天武」はゴシック体] どういうのだ? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 背後にこっそり、ハンカチーフをおとされた者が、ミカドとなります。 天武[#「天武」はゴシック体] ハンカチーフ……やわらかなタッチだな。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] ただ、うっかりしていると一周まわって背中からグサッ! 天武[#「天武」はゴシック体] ワーッ!……他にないのか、桜の木の下の王冠の、その番人はいないのか。  そう、一晩考えて朝になった。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] かくて、その番人が太陽と共に、我々の頭上に輝いております。 天武[#「天武」はゴシック体] うん? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 開眼式にございます。 [#この行6字下げ]開眼式のセレモニー。 天武[#「天武」はゴシック体] これぞ私が、万人の為に選んだ番人。尊い神の化身、夜長姫を刻んだ、この大ミロク様が目をひらき、クニ中をごらんになる歴史の顔だ。でかしたぞ耳男。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] この大ミロクのおかげで、かげりがちだったミカドの心も和らいでいたりして。 天武[#「天武」はゴシック体] さっそく、テープをきれ、耳男。 [#この行6字下げ]耳男、テープをきると火打ち石が、カシャカシャ叩かれクニの人々、舞台上方、胴体は見えるが、高すぎて見えない大ミロクの顔を眺めつつ、感嘆の声、「さすがだ!」「名人の力作だ!」などなど。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] 名人、ミカドと一緒のところを一枚。 耳男のマネージャー[#「耳男のマネージャー」はゴシック体] 名人は時間がありませんので、手短かに。 クニの人2[#「クニの人2」はゴシック体] 二年連続日本ホリモノ大賞の受賞おめでとうございます。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] さいごに今の心境を。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 夢のようです。 [#この行6字下げ]クニの人々は、去る。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 夢だったのか……でもこれからは、今の場面も夢では、なくなるんですよね。 天武[#「天武」はゴシック体] そう、これからのハナシは、夢ではないぞ、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 天武[#「天武」はゴシック体] 約束通り、ホービに失した耳を返してやろう。(失した耳を投げる) 耳男[#「耳男」はゴシック体] なつかしいなあ。離ればなれになっていたけれど、これからはこの耳で、ヒダタクミの名人とオレを呼ぶ声がきけるようになるんですね。 天武[#「天武」はゴシック体] うん? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 正真正銘の名人という名声が、失した耳から入ってくるんですね。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 失した耳に、耳つけてみろ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] は? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] そんな声が、本当にきこえてくるか? 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 天武[#「天武」はゴシック体] 耳男、タクミがつくったものには、つくったタクミの魂がのりうつるというのは本当かな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 本当です。この大ミロクにはオレの魂が。 天武[#「天武」はゴシック体] では、オニをもにらみかえすこのミロクをつくったお前の魂は鬼だな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] は? 天武[#「天武」はゴシック体] 耳男、お前は鬼だな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] そんな。 天武[#「天武」はゴシック体] 耳男、お前、鬼になれ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] どういうことで? 二度と鬼をつくらないために、このミロクを。 天武[#「天武」はゴシック体] オレは鬼など欲しくない。けれども鬼を欲しがる。指をさす鬼を欲しがる。その失した耳から何がきこえる。 [#この行6字下げ]ひそひそ声から大きな声へ。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] やはり、大ミロクをつくったのは鬼だそうだ。 クニの人3[#「クニの人3」はゴシック体] どうりで、すさまじい形相だもの。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] ヒダという幻の国に住む一匹の鬼が彫ったらしい。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 鬼と呼ばれてわしも弱った。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] けれど、この身も晴れた。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 鬼はここにいるんだもの。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 人の姿を借りた鬼だ。 二人[#「二人」はゴシック体] 目に見えなかった鬼が姿を見せた! 全員[#「全員」はゴシック体] 耳男、お前が鬼だ! 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ様お助け下さい。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] え? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 夜長姫様におきき下さい。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 朝はお休みで。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメには見えるはず、オレが鬼かどうか。 天武[#「天武」はゴシック体] わがキサキまでたぶらかすのか、この鬼。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] ヒメ様に願いをかけるというのは。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] ヒメ様を呪うことだ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] この鬼、キサキ様を呪っているぞ! 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレは、オレは…… 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼の目にも涙か。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] いや、なんだ、このしずくは。 [#この行6字下げ]人々、大ミロクを見上げる。 クニの人3[#「クニの人3」はゴシック体] ミロク様が泣いているわ。 クニの人1[#「クニの人1」はゴシック体] あ! 大仏の横に俗物が。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オレは銀座の千疋屋《せんびきや》でアルバイトをしていた時の帰り道を忘れない。一枚の美しい絵に出会った。それは、自分が、溶けていくほど美しかった。だのに、ああだのに思わずオレの目は、値札の方へ走ってしまった。美しい絵と知りながら、目が離せぬほど美しい絵が、そこにありながら、なぜオレのマナコは二五万円とかかれた値札なんかに走り、そのうえ、ため息まで洩らしてしまうのだろう。一枚の絵に出会って偉大な絵書きになる人間もいる。けれど一枚の絵に出会って、自分が俗物だと思い知る男もいるんだ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] それがどうした? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] その俗物のマナコにも、この大仏は、大俗物に見えらあ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] なにをするんだ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] あっ、首をキリトローとしている。 天武[#「天武」はゴシック体] よせ、俗物。 クニの人々 うわーっ。 [#この行6字下げ]※[#行中挿絵2(fig2.jpg)]の大仏の顔が切りとられて、落っこってくる。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] そんな役立ずのミロクをつくる鬼がいるものか。 ヒダの王家の人々 ビンボー、ビンボー。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 元気か、深謀遠慮の棒の下。 王[#「王」はゴシック体] 見ろ、俗物が大仏に鈴をつけた。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] そのうえ深謀遠慮の棒にかなう棒をもってきてやったぞ。 天武[#「天武」はゴシック体] そんな棒があるなら驚いてやる。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] 僕の名前はランボー。 カタアシ[#「カタアシ」はゴシック体] 僕の名前はムボー。 二人[#「二人」はゴシック体] 二人あわせてランボームーボー。 天武[#「天武」はゴシック体] なんのことだ。 カタメ[#「カタメ」はゴシック体] オレたちにもわからねえ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 無謀な狼藉いかがいたします。 天武[#「天武」はゴシック体] まずは、一匹の鬼を逃せ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] は? 天武[#「天武」はゴシック体] 耳男が逃げたぞ! 鬼が逃げたぞ。 [#この行6字下げ]その声にびっくりして逃げていく耳男。 天武[#「天武」はゴシック体] その鬼を見つけろ。 [#この行6字下げ]鬼狩りの男ら現われる。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 鬼狩りですね。 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼のみそぎをすました時、このクニは清らかとなる。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] クニヅクリの物語は、今、はじまったばかり。 天武[#「天武」はゴシック体] オレがファーストエンペラーだ。 [#この行6字下げ]「鬼狩りだ!」の声と共に、耳男を追わんとすれば、ヒダの王と王家の人々(アナマロ、マネマロ)現われて。 王[#「王」はゴシック体] 待ちやがれいっ、ファーストエンペラー。 天武[#「天武」はゴシック体] 誰だ? 王[#「王」はゴシック体] 幸福な王の時代、ラスト村長だ。 天武[#「天武」はゴシック体] 待ってやれ。 王[#「王」はゴシック体] 私の幸福がかんを蹴ってやる……あれっ? かんがない。私の幸福|感《ヽ》がない。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 幸福な王の時代は、去ったのですね。 王[#「王」はゴシック体] ふむ。 アナマロ[#「アナマロ」はゴシック体] ラスト村長、どこへ? 王[#「王」はゴシック体] 象の墓場だ。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] どうする? アオマロ[#「アナマロ」はゴシック体] 幸福な王とともに生きてきたんだ。 エンマロ[#「エンマロ」はゴシック体] 幸福な王と一緒に象の墓場へ行こう。 [#この行6字下げ]ヒダの王、アナマロ、マネマロ、アオマロ、エンマロ、棒の下から逃げ出す。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 辛抱な棒の下から王のゆとりまで逃げだした。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] なにもかもが逃げだした。 天武[#「天武」はゴシック体] 逃げろ、逃げろ、どんどん逃げろ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] そのゆとりはどこから? 天武[#「天武」はゴシック体] 今日の鬼は恐くないぞえ。目に見えるから。 [#この行6字下げ]天武ら去る。耳男、追手に追われて。 [#この行6字下げ]マナコ、耳男をかばって。 追手1[#「追手1」はゴシック体] 待ちやがれいっ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] その待ちやがれいっ、待ちやがれいっ。 追手2[#「追手2」はゴシック体] オニをかばうのか、このカニ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] カニとムサシは二刀流、これより先にクニが住み、これより先にオニが住む。そのけじめは、カニがつける。 耳男[#「耳男」はゴシック体] よしみ、どうしてる? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] こんな時、女の事を考えるな。 耳男[#「耳男」はゴシック体] いや、これも同窓生のよしみかと? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] カニは、さいごにこう考えた。ゼニがなくちゃ、ナニもできねえけれど、クニなくしては、ゼニもない。だけどやっぱり、オニなくして、クニはない。 耳男[#「耳男」はゴシック体] つまり? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] オニの息吹のかかるところがないと、この世は駄目な気がする。 [#この行6字下げ]追手、きってかかる。マナコ、俗物らしく木枯しモンジローのように闘う。 耳男[#「耳男」はゴシック体] マナコ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 威勢のいいうちに、逃げやがれいっ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 道しるべに、彫った鬼を見つけたら、それが。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] なんだ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 鬼の逃げ道、鬼の道行き。 追手達[#「追手達」はゴシック体] (耳男に)待ちやがれいっ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 待ちやがれいとは待ちやがれいっ! [#この行6字下げ]マナコ、鬼狩りの男らを蹴ちらしつつ去る。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どこへ行くの耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] あ? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] はじめて、早起きしたっていうのに、朝っていつも、こんなに騒がしいの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今朝はかくべつ。待ちやがれいっ! と、待ちやがれいっ! のけさがけ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男、今朝は、何べんも何べんも蛇をとるのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それがヒメ様。 [#この行6字下げ]「鬼はどこだ?」「鬼はいずこだ?」の声。 耳男[#「耳男」はゴシック体] (びくっとする) 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どこかへでかけるのかい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] はい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今日でなくちゃいけないのかい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今日でなくちゃいけない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 昨日もそう思ったんだろ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] それでも約束があるからね。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 約束した誰がいるんだい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 誰もいないけれども…… 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 誰もいなくて、誰と約束するんだえ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 桜の……花が咲くんだよ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 桜の森の満開の下へ行くんだね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ああ、涯のない花の下へ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたしも連れてっておくれよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] あたしはお前と、もとい、お前はあたしと一緒でなきゃ、生きていけないのよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] けれどもオレは、これから、ころがるように逃げていくんですぜ。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] だからお前が、ころがるなら、あたしもころがっていくよ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ様、それならお手を。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] はい。 耳男[#「耳男」はゴシック体] これからは、一目散に、永遠を下りつづけていくのですよ。 [#この行6字下げ]夜長姫と耳男、去る。 [#この行6字下げ]一気にそこは満開の桜の森に変る。 [#この行6字下げ]鬼の姿をした道しるべがいくつも現われて、道をつくっていく。 [#この行6字下げ]まず、夜長姫と耳男が行く。 [#この行6字下げ]つづいてヒダの王家の人々が通る。 [#この行6字下げ]さらに、鬼狩りの男らと闘うようにしてマナコが通る。通り終ると、道しるべがつくる道の姿が変わる。 [#この行6字下げ]そこを再び、夜長姫と耳男が、つづいてヒダの王家、さらにマナコと、このくり返しが三度あって、道しるべのうしろから、天武、ハンニャロ、アカマロ、そして鬼狩りの男ら。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 鬼がキサキを連れ出して。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 森の中へ逃げこんだ。 天武[#「天武」はゴシック体] 逃げろ、逃げろ、わしから逃げろ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] キサキまでが、逃げ出したというのにこのゆとり。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] やけたあまりに、おこしたヤケか? 天武[#「天武」はゴシック体] オレから逃げれば、逃げたぶんだけこのミカドの物語から逃げれば逃げたところまでがミカドのクニになる。二〇〇〇年逃げつづければ、その二〇〇〇年先まで、このミカドの物語が届きうるクニとなるのだ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] では、永遠に、そのことに気がつかず。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 鬼が逃げつづけるならば。 天武[#「天武」はゴシック体] ミカドの物語は永遠だ。ただ。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] なんです。 天武[#「天武」はゴシック体] おそれるのは、パンクズをばらまきながら、森へ逃げこんだヘンゼルとグレーテル。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] いつか帰り道を捜すのでしょうか? 天武[#「天武」はゴシック体] 鬼火をかざせ! [#この行6字下げ]その方向に夜長姫と耳男が見つかる。 [#この行6字下げ]鬼狩りの男、シルエットで現われ、襲いかからんとすれば、鬼女達が現われる。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 王家の森に王家の夢が。 鬼女4[#「鬼女4」はゴシック体] 眠っていたのに起こしたのはダレ? 鬼女3[#「鬼女3」はゴシック体] 象の墓場を掘り起こしたのはダレ? ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 鬼をかばう鬼が現われました。 天武[#「天武」はゴシック体] その幻、ナニモノだ。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 幸福な王の時代です。 天武[#「天武」はゴシック体] ならば、その時代も、もろとも鬼だ。 鬼女3[#「鬼女3」はゴシック体] ええ、その頃は、鬼もろともに生きていました。 [#この行6字下げ]鬼狩りの男に鬼女がひとり、つくようにして四方向に飛び散る。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ごらんよ耳男、東でも西でも南でも北でも、イクサが始まったのよ。  朝はこんなに素敵だったのね。ほら、刀を空高くかざしたかと思うと、とりおとしてキリキリ舞いをはじめたの……ほらあすこ! みつけた。 追手1[#「追手1」はゴシック体] いたぞ、鬼だ。 追手2[#「追手2」はゴシック体] 違った、人だ。 [#この行6字下げ]斬り殺された人間が、キリキリ舞いをはじめる。 天武[#「天武」はゴシック体] このクニの北のサカイが見つかった。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 耳男がつくった道しるべの前で、一人ずつカカシに足が生えて、くの字をふみながら、ユラユラとキリキリ舞いをはじめた。耳男よ、ごらん! あすこにほら。 追手3[#「追手3」はゴシック体] いたぞ、鬼だ。 追手4[#「追手4」はゴシック体] 違う、人だ。 天武[#「天武」はゴシック体] 南のサカイが定まった。 [#この行6字下げ]また斬り殺された人がキリキリ舞い。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] キリキリ舞いをはじめた人がいてよ。ほら、キリキリと舞っていてよ、お日さまがまぶしいように、お日さまに酔ったように。 [#この行6字下げ]ヒメが見つけるたびにそこにかくれていた鬼女が現われ、代りに。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ほら、あそこ。 追手1[#「追手1」はゴシック体] (見る)鬼か? 追手2[#「追手2」はゴシック体] 人だ。 天武[#「天武」はゴシック体] 東のサカイが定まった。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ様、これは、かくれんぼではありません。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 見ーつけた! [#この行6字下げ]その先に逃げているエンマロとアオマロ、現われて。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメが鬼を見つけるたびに、ヒダの王家が消えていく。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ここであなたも耳をふたつなくしたのだもの、あたしも妹とお父様をなくすだけのことよ。見つけた! 王[#「王」はゴシック体] うわー。 追手1[#「追手1」はゴシック体] 鬼か。 追手2[#「追手2」はゴシック体] いや人だ。 王[#「王」はゴシック体] 満開の花のふさが、みはるかす頭上にひろがって。 天武[#「天武」はゴシック体] 西のサカイが定まった。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 新しきクニの境は、ほぼ定まりました。 アカマロ[#「アカマロ」はゴシック体] 後は丑寅の方角を決めるだけ。 天武[#「天武」はゴシック体] (耳男に)丑寅に逃げ出した鬼、待ちやがれいっ。 [#この行6字下げ]鬼狩り、一斉に、耳男と夜長姫へむきなおる。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] その待ちやがれい、待ちやがれいっ! 耳男[#「耳男」はゴシック体] 道しるべに追いついてきたか、マナコ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] 東西南北に鎮座まします鬼の子孫どもよくききやがれ、オレはこのマナコで見つづけてやるぞ。この歴史の帰り道。 天武[#「天武」はゴシック体] その丑寅に鬼の息吹の吹きこまぬよう、王家の森の満開の桜の下に耳|ぶた《ヽヽ》をしろ。 ハンニャロ[#「ハンニャロ」はゴシック体] 耳ぶたを? 天武[#「天武」はゴシック体] いずこが丑寅とも知れぬよう、まぶたに耳ぶただ。 [#この行6字下げ]道。 追手ら[#「追手ら」はゴシック体] あのマナコをえぐりとれ。 マナコ[#「マナコ」はゴシック体] うわあっ。(マナコ、鬼狩りの男らに目をえぐられる) 耳男[#「耳男」はゴシック体] マナコ! マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ころがっていく先の丑寅が見えなくなった。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] エイッ、この方向が丑寅だ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? マナコ[#「マナコ」はゴシック体] ころがるところまで、ころがっていけ。じきにはねかえったら、歴史への花道に返り咲かあ。耳男、ヒダと共に消えた来世で会おう。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] さいごの一人見ーつけた! [#この行6字下げ]中央でマナコ、鬼狩りの男を道連れに斬り殺される。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] お日さまが、うらやましい。世界中の野でも山でも町でも、こんな風に死ぬ人を見ていらっしゃるのね。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ、なにをひとりごとおっしゃっています。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 見はるかす満開の桜の森から、私が見つけた人が、それから、私の目に見えない人達も、みんなみんな死んで欲しいわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレがつくったミロクも、こんなイクサも、この世につくられたクニも、ただのちっぽけな人間だ。ヒメは、この青空と同じくらい大きな気がする。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] ごらんよ、耳男。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメを、この青空の下から連れ出さなくては、このチャチな人間世界はもたない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] また一人が、キリキリ舞いしている。 耳男[#「耳男」はゴシック体] ヒメ様! 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] どうしたの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 荷台から地獄がおちた。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] なんのこと? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 下りつづけていくほどに、オレは強くない。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] だめよ、ころがるように下っていくっていったのは、あなたなのだから。 耳男[#「耳男」はゴシック体] でも今日でなくともいい。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 今日でなくちゃいけないわ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今日でなくちゃいけないんだ。(ハッと、いつか桜の森で鬼女を背負った日のことを思い出す)……ねえ、はじめて会った日も、こうして桜の粉と一緒に、こんな話を。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] その時、おぶっていたのはあたし? 耳男[#「耳男」はゴシック体] いや、鬼……? 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] 鬼?…… [#この行6字下げ]四方から鬼女らが、耳男に、おそいかかる。耳男、ひとたび、首をしめられる。やがて耳男、背中の夜長姫をふりおとし、体を入れかえ、夜長姫の首をしめる。その時、夜長姫の顔が見える。 [#この行6字下げ]たしかに、鬼の顔をしている。 [#この行6字下げ]耳男、全身の力をこめて、その鬼の胸を突き刺す。その突き刺した瞬間、夜長姫の鬼の面が、ポロリとれる。今までと同じヒメの笑顔。 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] さよならのあいさつをして、それから殺してくださるものよ。あたしも、さよならのあいさつをして、胸を突き刺していただいたのに。 耳男[#「耳男」はゴシック体] オレもせめて、おわびの一言でも叫んでからと思ったけれど、なにか、もう、あの、ヒメを見ると、この、あの…… 夜長姫[#「夜長姫」はゴシック体] いいの。好きなものは、呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前の大きなミロクがダメだったのも、そのせいだし、お前のバケモノが、すばらしかったのも、そのためなのよ。ねえもしも、また新しく、なにかをつくろうと思うのなら、いつも、落ちてきそうな広くて青い空をつるして、いま私を殺したように、耳男、立派な仕事をして…… [#この行6字下げ]ヒメの目が笑って、とじる。 [#この行6字下げ]耳男、満開の桜の森に座りこむ。 [#この行6字下げ]桜の森の遠くに貴い人の行幸《みゆき》。幸福な王の時代の行幸。 鬼女1[#「鬼女1」はゴシック体] そんなところでじいっとして、冷たくはありませんか? 耳男[#「耳男」はゴシック体] 花の涯から吹きよせる、冷たい風も、もうここにはありません。ただひっそりとそして、ひそひそと、だけどこれからはいつまでも、ここで身動きもせず、じいっと座っていることができます。 鬼女1[#「鬼女1」はゴシック体] 桜の森の満開の下に? 耳男[#「耳男」はゴシック体] もう帰るところがありませんから。 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] それでも行きましょう。 耳男[#「耳男」はゴシック体] あの道行きは? 鬼女3[#「鬼女3」はゴシック体] 鬼のミソギをすまされて、ミカドが行幸をなさっているところです。 耳男[#「耳男」はゴシック体] この森のしじまに、きく耳もなくした。 鬼女5[#「鬼女5」はゴシック体] 丑寅の刻に、丑寅の願いが届いたというのに? 耳男[#「耳男」はゴシック体] え? 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] あなたがここまで彫ってきた道しるべをパンクズのよすがに。 鬼女5[#「鬼女5」はゴシック体] 森に迷いこんだ王家の夢が帰り道を捜しました。 耳男[#「耳男」はゴシック体] 今まで道の片側に彫ってきた鬼の顔は? 鬼女2[#「鬼女2」はゴシック体] 行きは、こわいの道しるべ。 耳男[#「耳男」はゴシック体] では、これからが帰りはよいよい。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] その道しるべには何を刻んでくれるの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] あっ……その声。(鬼女たちに紛れた、その鬼女の声は、夜長姫の声のようだ) 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] 何を刻むの? 耳男[#「耳男」はゴシック体] この桜の木の下からどこにもまいらず、けれどどこにでもいけるおまじない。 鬼女[#「鬼女」はゴシック体] え? 耳男[#「耳男」はゴシック体] いやあ、まいった、まいった。 [#この行6字下げ]耳男、桜の森の満開の下に、いつまでも座っている。 [#小見出し] 満開の桜の森に夜長姫が[#「満開の桜の森に夜長姫が」はゴシック体] [#この行6字下げ]桜の花びらに埋もれるように横たわる夜長姫。 [#この行6字下げ]そのそばに、いつまでも座っている耳男。 [#この行6字下げ]ふっと、耳男、そこに死んでいるはずの夜長姫の着物にふれると、夜長姫はいない。ただ桜の花びらがあるばかりだ。 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ]  安吾の衣を借りた狐[#「安吾の衣を借りた狐」はゴシック体]——あとがきに代えて  夜中に、寝呆けた女房が、ガバッと起きあがって、寝ている俺に向かって、 「誰?」 ときいた。  俺は、とっさに、なんのことだかわからなかった。どうも、隣りで寝ているこの男が、誰なのかわからないということらしい。  考えてみれば、その頃、俺はあまり自宅で寝ていなかった。  もっともな気もする。  だが、あんまりな気もする。  女房は、「誰?」と言ったきり、なおもこっちの出方をうかがっている。  俺は、その小動物と化した女房を、なだめすかすように、 「俺だよ、俺」 と自己紹介した。  小動物は、自分が寝呆けていたことに気付くと女房に戻り、そのまま夢の中へ戻っていった。  夜中の現実にとりのこされたのは、俺と情なさだった。  寝呆けた女房に自己紹介をしなければならない俺とは、一体なんなのであろうか。情なさのあまり、目が冴えてきた。  こういう情なさを感じるたびに、俺は坂口安吾の生まれ変りであったことに感謝をする。  情ないがゆえに生きていると思い、この情なさこそが人生だと思い、だからこそ、つくづく、俺は生きることが好きな人間なのだとわかる。  この『贋作・桜の森の満開の下』の原作は、安吾の『桜の森の満開の下』ばかりでなく、『夜長姫と耳男』をはじめ、いくつかの安吾の小説、エッセイを素材として使わせてもらっている。  なんだか自分の芝居のために、とても強引な真似をして無礼な気がする。だが安吾のような作家に無礼というのも、また失礼な気がする。 「小説とは剽窃なり」と安吾が言った。というのは真っ赤な嘘だが、そんなことを言った作家に違いないと俺は決めている。  だから、こういう風に、原作に無礼な真似をしてもいいのだと俺は自分に思いこませた。  だが、やっぱりなんだかすまない。  そこで俺は、ただ贋作と名づけるだけではおもしろくない。せめてこの贋作を、ニセサクと読ませて、世の中に誤った読み方を流布してやろうとたくらんだ。わざわざ贋作に、ニセサクという|るび《ヽヽ》までふった。  このニセサクというひびきを、俺は喜んだ。いかにもまがいものらしく、いかがわしく、子供じみていてよい。ひとり悦に入っていた。  ところが、近頃の世間は、どうしてこんなに親切なのだろう。  雑誌や新聞で、この『贋作・桜の森の満開の下』の芝居が紹介されるたびに、わざわざふった「ニセサク」という|るび《ヽヽ》を、「ガンサク」という|るび《ヽヽ》に、御親切にも変えてくださるのである。  かくて、もくろみは、もろくも崩れた。  はじめは、俺も執拗に抵抗し、「にせさく」と言ってくれと頼みもした。だが近頃の世の中の親切パワーというのは凄味がある。容赦ない。じきに俺は、そんなことにこだわっている俺を情なく思いはじめた。すなわちどうでもよくなってきた。  そういうわけで、本当は、俺のこの『贋作・桜の森の満開の下』は、「にせさく・桜の森の満開の下」と読むのが正しいのである。  正しさなんていうのは、たかだか、そんなものである。所詮、正しさは、上と下とが一緒くたになったようなあぶなっかしい字だ、正統なんてもんは、わかったもんじゃないよ、「小説とは剽窃なりさ」とやっぱり安吾が言ったような気がしてならない。  へんなところに、このあとがきが着地した。  そして、こういう気分屋の文を書くたびに、やはり大胆にも安吾の生まれ変りということにしておいて良かったと、安吾の衣を借りた狐は思うのである。 [#地付き]野田秀樹